密着

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「く、黒須さんっ?」 手の暖かさや、近い距離に声が上擦ってしまった。 「いきなり、こんなことを言われて戸惑うのは良くわかる。それに俺が櫻井さんの好みじゃない。性的な対象として見れない。セックスの相手としてお断り。ならば、それでいい。俺としては櫻井さんが快く、契約妻を引き受けてくれたら何も問題ない」 ダメ押しかのように。重なった手をぎゅっと握られる。 「こんな事は弁護士として相応しくはない。信頼に欠けるかも知れない。そんな俺の私情に巻き込んでいるのだから、出来るだけ櫻井さんの気持ちに寄り添いたい」 黒須君の言い方はまるで私を口説き落としている口調みたいで、胸がドキドキする。 さらに何か言おうとした黒須君を「あのっ」と、遮る。 (黒須君の気持ちは分かった。私を対等に見てくれている。ちゃんと考えてくれている。でも、これ以上はまた気持ちが揺らいでしまうから。ちゃんと自分の気持ちを言わないとっ) そう思い。黒須君に体を向き直した。 「その。黒須さんはとても素敵です。カッコいいです。黒須さんに言い寄られて、断る女性なんて居ないと思います。えっと、あの。せ、性的魅力だって。とても、あると思います」 言っていて恥ずかしい。 じっと見てくる黒須君の視線が肌に突き刺さるようで。誤魔化す為に、机の上のグラスを空いている手で、手に取り。水をごくごくと飲む。 「──あの頃と変わらないな。可愛い人だ」 ぷはっと、飲み終えて「失礼しました」と、また向き合う。 今、何か言われた気がしたけれども、とにかく最後まで自分の気持ちを伝えたかった。
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