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「それに、そう。弁護士という立派なお仕事。こんな豪邸に住む経済力。どれを取っても凄くて。雲の上の人で。だから──私みたいな普通の一般人には荷が重くて、契約妻は務まらないかなって」
「……櫻井さん」
「だって、私。本当に普通の家庭で育って。得意と言えばお花を活けるぐらいで。料理も普通。見た目も……そんな普通の私が、黒須さんの隣に居たら。黒須さんにいずれ迷惑掛けるんじゃないかなって。黒須さんに恥ずかしい思いをさせるかもしれない。だから」
「だから、契約妻は無理だと?」
こくりと頷く。
でも弁護士の依頼は母を説得して、引き受けて貰うつもりです──。
と、言おうとしたら。
すっと手首を掴まれて、そのままソファに押し倒された。
長い指先に掴まれた手首。
鼻先に微かに香る、甘やかなムスクの香り。
黒須君の整った顔が間近に。黒須君の一挙手一投足に胸が高鳴るばかりで、新たな熱が体に広がる。
均整の取れた体が。ずっと好きだった人の体が直ぐそばにあると思うと、声が出なかった。
「俺に性的魅力を感じるのならば一度、試したらいい。それから断ってくれても構わない」
「た、試すだなんて」
「嫌ならばはっきりと『嫌』だと言ってくれ」
伏目がちに言う黒須君。
眼鏡越しに長いまつ毛が影を落としている様は、色香そのもの。それに対して、抗う術なんて持っていなかった。
「っ……な、なんで。私に、そこまで」
だって、黒須君は私のことを覚えてないよね。もしかして。今の私に一目惚れなんて──と思ったけれども。都合良過ぎる。そう思った瞬間。
黒須君の返事はなく。
手首を戒められたまま、キスをされてしまった。
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