再会

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「私に今お付き合いしている女性など居ない。知り合いの女性にこんな事は頼めない。所長やこの業界と全く縁のない女性を丁度、探していた。その方が契約が終了した後、後腐れがない」 いわばビジネス。お互いの為だと、黒須君は冷たく言い放つ。 私はまだ混乱していて、上手く言葉を飲み込めない。ただ、昔の面影を探すように黒須君を見る。 「こんな提案は弁護士として、信用に欠けるのは重々承知の上。しかし。何故か……櫻井さんには親近感を覚えた」 ふいに、優しい眼差しを向けられ。 その言葉に胸が高鳴る。 私を見つめたまま。黒須君はすっと、眼鏡のブリッジを長い人差し指で緩やかに押した。その動作は実に優雅だった。 (その指先の動き。高校生のときと変わってない) ずっと好きだった人。 忘れられない人からの偽りの求婚。それが契約で。終わりが見えていても──愛がなくても。 私のことを覚えてなくても。 好きな人の側に居たい。積年の想いを叶えたい。 (これは幸せな結婚なんかじゃない。高校生の時に思っていたものとはかけ離れていても、私は偽りでも──貴方のお嫁さんになりたい) 私がいま此処に居る理由よりも、胸にずっと秘め続けていた気持ちが勝ってしまい。 契約妻の申し出に、首を縦に振るのだった。
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