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一歩踏み出すと。
わざとらしく「あぁ、ご紹介か遅れた。私が九鬼史郎だ」と、気さくに笑いかけられた。
地元の名士で名前こそ知っていたが、本人に会うのはこれが初めて。年は五十代半ばだとか。
年齢の割にはがっしりとした体躯。
出立も高そうなブラウンのスーツに包まれていて、迫力があった。
ロマンスグレーの髪をバックに撫で付け。その顔には髭が蓄えられていて、社長という風格がぴったり。
しかし、猛禽類を彷彿させる鋭い視線はまるでワンピースの下の体まで見透かされているようで、体を思わず隠したくなった。
でも、案内係の人が九鬼氏の左側の席を引いたので、その視線をなんとか無視して。
案内された席まで近づいて。私は座らなかった。すると、九鬼氏は笑顔をやめて。
眉間に皺を寄せ。さっと案内係の人に手を振ると、係の人は直ぐに立ち去った。
椅子は私に向けて引かれたまま。
個室に二人きっりになる。
九鬼氏から滲み出る威圧感を感じながら、立ったままで挨拶をした。
「九鬼史郎さん。初めまして。櫻井翠の娘。櫻井真白です」
「席に着かないのかね?」
「えぇ。今日は食事に来た訳ではないので、席には着きません」
あんな名刺を貰って、誰が席に着きたいと思うのか。そんなふうに一言、言いたくなる。
しかし、あまり言葉を交わしたくない。
それに──こうして九鬼氏を見据えてしっかりと立っているだけで、心臓はドキドキしぱっなしだった。
ちょっとでも弱みを見せたら、食い付かれてしまうような迫力が九鬼氏にはあった。
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