シングルノート

8/15
前へ
/22ページ
次へ
何故、彼女が突如としてそんなことを言い出したのかは不明だが、私は心の中で全力感謝した。 「……ふぅん、そうなんだ」 「う、うん……」 首をこちらへ傾けた朝日向くんに、曖昧に頷く私。そして、彼には心の中で全力謝罪する。 たぶんさっきの感じだと、私がまるでラベンダー以外の匂いは受け付けない、みたいな捉え方されてもおかしくないから。それは凄く失礼なことだと思うから。 無論、朝日向くんの香水に、そのラベンダーとやらの香りが使用されているのか否かは知らないが。 一旦考えると不安になってしまい、私はこそっと朝日向くんの表情を確認しようとした。しかし、彼は既に前を向いていたため、その端麗な横顔からは何も読み取ることができなかった。 ―――――――――――――― いつの間にか朝読の時間が始まっていて、教室の中はしん、と静寂を帯びていた。私も皆んなに倣って本を開く。 【わたしの初恋は、優しい桜の香りがした―――。】 目に飛び込んできた最初の一文に、私は思い切り眉を寄せた。「優しい匂い」や「桜の匂い」がどんなものなのか、私にはからだ。 どれだけ文や言葉から情報を得ても、その香りを頭の中で想像することは出来ない。だから私はラベンダーの匂いを知らないし、朝日向くんの香水を振らない。 皆んながする"香り"の話題に混ざれない。その理由なんて、至って単純明快。 私に、嗅覚がないからだ―――。
/22ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加