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何故、彼女が突如としてそんなことを言い出したのかは不明だが、私は心の中で全力感謝した。
「……ふぅん、そうなんだ」
「う、うん……」
首をこちらへ傾けた朝日向くんに、曖昧に頷く私。そして、彼には心の中で全力謝罪する。
たぶんさっきの感じだと、私がまるでラベンダー以外の匂いは受け付けない、みたいな捉え方されてもおかしくないから。それは凄く失礼なことだと思うから。
無論、朝日向くんの香水に、そのラベンダーとやらの香りが使用されているのか否かは知らないが。
一旦考えると不安になってしまい、私はこそっと朝日向くんの表情を確認しようとした。しかし、彼は既に前を向いていたため、その端麗な横顔からは何も読み取ることができなかった。
――――――――――――――
いつの間にか朝読の時間が始まっていて、教室の中はしん、と静寂を帯びていた。私も皆んなに倣って本を開く。
【わたしの初恋は、優しい桜の香りがした―――。】
目に飛び込んできた最初の一文に、私は思い切り眉を寄せた。「優しい匂い」や「桜の匂い」がどんなものなのか、私には分からないからだ。
どれだけ文や言葉から情報を得ても、その香りを頭の中で想像することは出来ない。だから私はラベンダーの匂いを知らないし、朝日向くんの香水を振らない。
皆んながする"香り"の話題に混ざれない。その理由なんて、至って単純明快。
私に、嗅覚がないからだ―――。
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