シングルノート

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* 私の場合、恐らくは先天性嗅覚障害だと考えられる。なんせ生まれてこの方、一度も匂いというものを感じた覚えがないのだ。 だが「覚えがない」だけで、実際生まれた時に嗅覚がゼロだったのかと問われれば「イエス」とは断言できない。勿論だが、当時の記憶なんぞありゃしないのだから。 まあ、先天性でも後天性でも、私はどっちでも良いけどねっ。どうせ治んないのは同じだし。 「知優香、どう? 今日の晩御飯」 半ば自棄っぱちになりながら物思いにふけていたところ、お母さんの声に現実へと引き戻された。 今はお母さんとふたり、夕食中である。今日のお母さんは、料理へのやる気が何時にもなく増していたご様子。 目の前には見たことのない料理が並べられていて、その感想を私に聞いてくる。でも、よりによって今日新しいものを出してくるとは―――ツイてない。 「美味しいよ〜」 うーん、と。 これはじゃがいもでしょ。んで、これは豚肉……。 あ〜駄目だ! 情報量が足りないっ。 「う〜む……」 「知優香の口には合わなかった……?」 「いや、違くてっ!」 眉を下げたお母さんに、慌てて否定する。参った、完全にお手上げだ。観念して、お母さんへ謝ろう。そうして、開き直った私は「てへっ」と笑った。 「……ごめんなさい、今日味覚さんいないらしいっ」
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