掃除

1/1
前へ
/1ページ
次へ

掃除

風紀チェックの一件が頭から消えず、ずっとモヤモヤする。 そのモヤモヤは部活中にも消えることは無かった。 「―――」 ララをあんなに怒らせてしまった。そもそも、爪を切らなかった私も悪いけど、爪の項目にバツがついたときのペナルティの重さは、みんな知っているはずである。 「――子!」 爪なんて、先生がいちいち確認することもないから、ララが報告さえしなければバレることもないし、ララにも迷惑をかけないと思う。なんで見逃してくれなかったんだろう。 「琴子!!」 いきなり大きな声で名前を呼ばれたので思わず肩を揺らす。振り向くと、声の主はララだった。 「さっきから何回も呼んでるのに、なんで返事しないの?」 「ごめん、考え事してた」 「まあいいや。監督が呼んでる」 そう吐き捨てて、ララは行ってしまった。 私ララに結構嫌われているのかも。というか、今ので結構な“嫌われポイント”が蓄積されてしまったかもしれない。 日向の件とは違って、今回の“嫌われたかも“の原因は100:0で私が悪いので、今日は寝る前の一人反省会が止まらなかった。 ―――翌日。 泥のような顔で登校し、なんとか授業をこなす。 6限の授業が終わって、掃除の時間になった。 私の掃除場所は廊下だ。 掃除には二つの役割がある。そう、ほうきと雑巾である。 けれどこの二役には大きな格差がある。ほうき係は立ったまま、ほうきを動かしていれば仕事が終わる。 それに対して、雑巾は冷たい水に手を突っ込み、汚い雑巾を素手で絞った後、腰と足を折り、膝を付けて床を拭く重労働なのだ。 両者の人気は一目瞭然。誰もがほうきを選びたがる。 廊下の掃除担当者は、私とララの二人。 しかし、ララは美化委員の仕事で、掃除時間中は見回りに行かなければならない。その時間を確保するためか、彼女は必ずほうきの役割を選ぶ。 私になんのことわりもなく。 私がララに「雑巾ばかりは嫌」と言えば解決する話なのは分かる。しかし、彼女に美化委員の仕事を引き合いにだされると、こちらとしては引き下がるほかない。 今日も私は雑巾で廊下を拭いてゆく。幸いなことに、今は夏であるため、水の冷たさはむしろうれしい。 しかし、スカートが床について汚れるのは、あまり思わしくない。 そんなことを考えながら、掃除時間をつぶしていく。 掃除時間後半になると、持ち場の掃除を大方終えた人たちが遊んだり、しゃべったりしてくる。 その様子を先生が見つけると、 “自分で掃除できるところを新たに探しなさい” と窘めるだろう。 しかし、そんなことを実践するような生徒は、恐らくこの学校にはいない。 教室からは、日向たちの、楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 無言清掃はどこに行ったのだ。そう思いながらも、自分を振り返ってみる。 廊下の拭き掃除など割とすぐ終わってしまう。しかし、私には余った時間で遊んだり、しゃべったりするような度胸はない。 もしも、先生に見つかって怒られたりなどしたら、少なくともその日一日は引きずるからだ。 そんな私がとる手段はただ一つ。ゆっっくり拭くのだ。それはそれは亀のように。ゆっくりと。無意味な遅さで時間をつぶす。 これを美化委員のララに見られたら怒りを買いそうだが、彼女は仕事として校内の清掃パトロールをしているため、こちらには寄りつかない。 この点については、彼女の委員会仕事に感謝である。そもそも、ララ自身もパトロールという免罪符の元に、掃除をサボっているだけなのではないか、とも思うが。 掃除の時間を終え、部活に行こうとしていると、思い出した。今日中に、生活指導に爪を見せに行くミッションがあることを。 体育館へ向かう唯に一言告げて、私は職員室へ向かう。 そもそも職員室に入るだけで緊張するというのに、私はさらに説教されることが確定している。言うなれば、気分は処刑台に送られる囚人である。 入室し、生活指導のもとへ向かうと、先生の前には既に先客がいた。 彼の名前は一条卓海(いちじょうたくみ)。私たちの学年(クラス)で、唯と肩を並べる中心人物である。 クラスの中心人物の男子と言えば、多少のやんちゃがお約束。例にもれず彼も何かをやらかして、生活指導に呼び出されたのだろう。 「―――!!!!!!!!」 とんでもない怒号が響く。職員室中の教員らの目線が一気に、一条君に集まった。 彼は一体何をやらかしたんだ。 すると、 「すいませんしたっ!」 そう軽く謝って、一条君は軽やかに職員室から出て行ってしまった。 説教途中で抜け出した彼に、生活指導は無言で怒りをこらえている。 私、このあとに「爪確認してください」って声かけるの!? とんでもない貧乏くじを引いた気分だが、これ以上部活に遅れるわけにはいかない。 意を決して先生に話しかけると、一条君への怒りで疲れたのか、私への対応はテキトーで、大した説教もされずに解放された。 案外ラッキーだった? 思わぬ事態に驚くも、今日一番の大仕事を終えた私はストレスなく部活に向かうことができた。 今日の体育館は男子バスケ部と半々である。到着した私がステージに荷物を置き、準備していると、男子側から笑い声が聞こえる。 「え、卓海、じいの説教ブッチしてきたの!?やば!」 「いやだって、あいつの説教けっこう長いよ?」 声の主の一人は、先ほど怒鳴り散らかされていた一条くんだった。ちなみに“じい”とは、生活指導の先生の生徒間でのあだ名である。 「いやーさすがに、じいを無視はやばいわー」 「のんのんのん、タイムイズマネーっていうでしょー?俺は無駄な説を受けるよりバスケしてたいお年頃なの!」 けっこうな暴論を吐く一条君。 もし、説教を食らったのが私であればきっと私は一週間は引きずる。なんなら次の日の学校を休むかもしれない。けれど一条君にとっては、取るに足らないできごとなのだ。 そんな人間もいるのか、と感心すると同時に、自分の弱さを再確認して少し落ち込んだ。 部活が終わり、帰宅する。今日も今日とて2-2-1隊列。もちろん1は私。 けれど今日は前にいた日向が話を振ってくれた。 「琴子、今日生活指導のじいの説教どうだった?」 笑いながら尋ねて来る彼女に、今日のラッキー事件を答える。 よかったじゃん、と返して日向はさらに、隣のララに言葉をかける 「っていうか、琴子の爪さ、ララ見逃してあげてもよかったんじゃないのー?」 少しの沈黙が流れたあと、ララが口を開く。 「何、ララが悪かった言いたいの?」 その場が凍る。 そして、その矛先は私に向いてきた。 「ねえ琴子、ララが悪かったって言いたいの?」 「いや、そんなんじゃないよ」 オドオドしながら答えるララが、納得していないというふうにため息をつく。 すると、そんなピりついた雰囲気を見かねた唯(私の前の前にいる)が、ララをなだめてその話は終わりとなった。 なんとも気まずい下校時間。しかし、もとはと言えば、原因の“爪切りペナルティ”を作ったのは私だ。 つまり、この嫌な雰囲気を作り出した原因は私、そう考えるとなんとも自分が情けなかった。 帰宅後、夕食を食べながら今日あった出来事を由希ちゃんに話す。 「強敵だね、そのララちゃんていう子。気が強めなところに、萎縮しちゃうの分かるなあ。」 共感してくれる由希ちゃんにさらに説明する。 「しかも、多分けっこう私嫌われてるんだよねえ。」 とほほ、といった表情の私に由希ちゃんが思い出話をしてくれる。 「私、前にスタボでバイトしてたって言ったじゃない?それで、そのバイト先にも気の強い人がいたの。私の挨拶、接客ひとつひとつに難癖付けて怒ってくる人だった。 けど、その注意が全部微妙に正しいから、真っ向から言い返せなくてきつかったんだよね。」 でもさ、職場の人とはできるだけ仲良くやっていきたいじゃない?だから、何か仲良くなれることないかなーって探して、一個見つけたの」 「それは?」 食い入るように聞く。 「一生懸命感を出すこと。私はあなたの注意を聞いて、一生懸命働いてますっていうのを全面に出すの。そしたら、なんだかんだ、かわいがってくれるようになったなあ。」 初めて聞いた由希ちゃんの大学時代の話に興味を持ちつつ、この話を自分にも生かそうと頭を働かせる。 ララに一生懸命さを伝える... 「ララは美化委員だから、私が一生懸命掃除をしてみるっていうのはどうかな?」 なんとなく思いついた解決案を由希ちゃんに話してみる。 「いいんじゃない?難易度も低いし、やってみなよ!」 今日の悩み事が解決に向かいそうな予感がして、私は熱い心で眠りにつくのだった。 ―――翌日。 6時間目の授業を終え、今日も掃除の時間が来る。 今日は、ララに一生懸命を伝えるために掃除を頑張るぞ! そう思っていざ持ち場についてみると、ところどころの廊下の黒ずみが気になってくる。 これはクレンザーがないと落ちないな。 私は、雑巾での拭き掃除をパパっと終えて、事務室までクレンザーを取りに行くことにした。 事務室に行く用事などほぼ皆無であるため、普段は通らない階段を下りる。 目的地が近づいていくにつれて、誰かの笑い声が聞こえる。 掃除時間も後半であるから仕方のないことだと思っていると、掃除用具でふざけ子合う男子の奥に、ララの姿が見えた。 よく見ると、彼女の隣には並々に注がれたバケツが置かれており、彼女自身は、たわしで壁をこすっているのではないか。 侮っていた。 彼女はお気楽に美化委員のパトロールをしていたのではないのだ。 彼女は実践していたのだ、“自分で掃除できるところを新たに探す”、を。 そんなこと誰も実践していない、だが、ララだけは実践していたのだ。彼女はここまで仕事に一生懸命だったのか。 感動した私は普段ならしないような行動を起こす。ララの隣に立って、一緒に壁を雑巾で拭くことにした。 突然隣に現れて、同じように壁を拭きだした私に驚くララ。 「何、急に」 「ごめん、ララがこんなに美化委員の仕事に全力だって知らなかった。知らないで、風紀チェックの時、悪態ついちゃった。ごめん」 「ああ、別にいいよ」 そこで会話が終わり、ふたりで黙々と壁を磨き続ける。 チャイムが鳴り、掃除時間が終わる。 私とララは二人でバケツを持って、廊下を歩いていた。 突然ララが話しかけて来る。 「みんな掃除ってテキトーにやっちゃうじゃん。注意しても注意してもキリがない。逆に、掃除ごときで注意するララがおかしいみたいな雰囲気になる。」 「そ、そうだよね」と気の利かない相槌を打つ私にララは語り続ける。 「でもね、ララ掃除が好きなんだー。15分間誰とも話さず、無心で掃除するのってなんだか楽しい。」 初めてララが私に、弱音に近い本音を話してくれたのがうれしくなって、私も掃除時間が好きになった気がした。 帰りの学活を終え、帰路に就く。今日は部活がないため就業とともに帰れるのがうれしい。 なぜだか唯がいないが、私たち4人は悠長に通学路の長い坂を下っていた。 やっぱり偶数って素晴らしい。 今日の隊列は2-2。私とララが隣に並び、その後ろに日向とひよりが続いている。 掃除の一件でどこか仲を深めたララと、他愛もない話をしていると話題は修学旅行の話になった。 「琴子は誰と同じ班になったの?」 「私けっこうワイワイ系が集まった班なんだよねー。 一条君と、唯と...」 そこで私は思い出す。なぜ今日の帰り道は偶数なのかを。 「今日、修学旅行の係会議だった!!私学校戻らないと!!!」 ララにことわって、坂を駆け上がる。これ絶対唯怒ってる!!!!!! 続く
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加