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班活動
息を切らして教室に駆け込む。
しかし、その中には、すでに誰もいなかった。
もう会議は終わってしまったのだ。
つまり、私は修学旅行の係会議に途中参加するでもなく、すっぽかしてしまったのだ。
明日、何人から怒られるんだろう。
そんな不安を抱きながらも、今回に関しても完全に私が悪いので、ひどく落ち込む。ララとの一件がうまくいき、舞い上がっていっていたのが嘘のようである。
とぼとぼと一人で坂を下り、なんとか家にたどり着いた。
「ただいま」
そう言って、家に入ると何だか甘い香りがする。
すると、エプロン姿の由希ちゃんがリビングから顔をのぞかせた。
「おかえり!もうすぐ、スコーン焼けるから、手洗っておいで!」
そう言われたので、手を洗い、制服のまま、リビングのダイニングでスコーンを待った。
「あれ!?」
突然、すっとんきょうな声が聞こえる。
「やばい、琴子失敗したかも~」
悲しそうな声で失敗を宣言する由希ちゃん。
多少の焦げくらい、大丈夫でしょ!
そう思って、キッチンにいる彼女に近づいた私は唖然とする。
そこには丸焦げのスコーンが多数、横たわっていた。焦げすぎたそれらは、もはや炭である。
「結構ショックなんだけど~」
そう言ってうなだれる由希ちゃんを何とか慰めたくて、私は炭たちの中でも、まだマシのスコーンたちを指さして言う。
「あのへんのスコーンは、食べられそうじゃない?においもおいしそうだよ!」
そう言って、私は生き残ったわずかなスコーンを皿に盛り、由希ちゃんとダイニングで食べることにした。
「おいしい!」
笑顔でそう告げる私を、うれしそうに由希ちゃんが見つめる。
焦げた部分はあるけど、本当においしかったのだ。さすが元スタボ店員さん、なんて思っていると。
由希ちゃんがキッチンから丸焦げになったスコーンたちを皿に盛りつけてきた。
そして、自分の前に山盛りの炭を置いて私にスマホを差し出す。
「ちょっとさ、写真撮ってくれない?」
そう言われて私は由希ちゃんのスマホで何枚か写真を撮る。
彼女は白くてきれいな手で丸焦げのスコーンを手に取り、カメラに目線を向ける。その黒焦げ具合と、彼女のキラキラのネイルがあまりにも不釣り合いで、私は笑みをこぼしてしまう。
「何~?」
不貞腐れたように尋ねる由希ちゃんに、その不釣り合いさを説明する。
「確かにね」と言って笑う由希ちゃんは、私からスマホを受け取り自らカメラを構える。
「こんな失敗も、写真に撮っていい思い出にしなくちゃね。琴子も映ろうよ!」
そう言って由希ちゃんはシャッターボタンを押す。由希ちゃんと私と、山盛りの焦げたスコーンという奇妙な3ショットが出来上がり、私たちは大いに笑いあった。
「由希ちゃん、その写真SNSにアップするの?」
なんとなく気になったことを聞いてみる。
「いやいや、私はともかく琴子、制服じゃん。そんな個人情報たっぷりの写真を許可なくあげたりしないよ~」
そう言われて気づく。確かに制服のままネットの海に自分の写真を放り込むのは怖いかもしれない。
そう思うと同時に、そんなところまで気が付くことができる由希ちゃんの視野の広さに、尊敬の念が募ったのだった。
―――翌日
登校後、真っ先に会議について、唯に謝りに行く。すると、
「全然、あの日の会議大したこと話してなかったし。まあ、次から気をつけなよ。」
そう言って特に怒りをぶつけられることはなかった。一安心した私は、今日もいつも通りに授業を受けることができた。
6時間目、この授業では修学旅行の班ごとに集まり、自由行動の日程を決める。
私の班は、班長が唯、副班長が一条君、活動係が私だ。
現段階ではあまり仕事がない、レク係は二階堂くん、新聞係は三好くんだった。
自由行動に関することは、活動係の責任範囲であるため、今回の班会議は私が仕切らなければならない。5つの机の中央に京都の市街マップを置き、私は尋ねる。
「じゃあ、自由行動で行きたいところがある人!」
すると、男子三人衆が口々に言う。
「金閣、金閣!」
「いや、お前それはメジャー所すぎるだろ!もっと誰も行かないようなところ狙うべきだろ!」
「じゃあ、京大の学食行く?」
「それいいじゃん!」
そんなふうに和気あいあいと決めてしまう。しかし、大学の学食は自由行動の範囲外にあるため、アウトだ。
けれども、男子三人衆の勢いとノリに怖気づいてした私は、彼らの会話に口をはさむことができなくなってしまった。
すると、見かねた唯が動く。
「はいはい、ちょっと一条たち黙って。とりあえず学食は却下ね、行動して良い範囲、明らかに入ってないじゃん、論外。」
さらに唯の論破が続く。
「で、金閣は絶対見に行くように、昨日の係会議でお達しがあったから、必ず予定に入れる。
だから、金閣以外にあと二か所、行きたいところを挙げて!」
唯から論外宣言を受けた三人は、まじかよー、と不満を垂れながらもその後は唯の指示におとなしく従い、班会議は彼女主導のもと、つつがなく終了した。
あれ、これ私いる意味あったのかな。
私一人では男子三人を御しきれない。しかし、自由行動について取り仕切るのは活動係の仕事。
それをすべて唯に丸投げしてしまった私は、自分の班における存在意義を考え込んでしまう。
それに、金閣の話、私がすっぽかした会議で言われたんだろうな。
そう考えると、班会議をまとめることもできない、会議もすっぽかす、と良いとこなしの自分があまりにも惨めで情けなくなった。
落ち込んで家に帰ると、今日も玄関には甘い香りが漂っていた。
「おかえり!スコーンのリベンジしたから、一緒に食べよう!」
そう言ってエプロン姿の由希ちゃんが出迎えてくれた。
上手に焼けたスコーンをつまみながら、今日あった出来事を話す。
事態を把握した由希ちゃんが口を開く。
「それは私でも落ち込むよー。頑張ったね。」
そう言って共感してくれる。
「けど、その唯ちゃんっていう子優しいね。」
確かに唯は優しい。彼女は友達だからと言って、甘々な対応をしたり明らかな愛情表現をするタイプではない。
けれど、私が何かをやらかした時に何も言わずスッと助け船をだしてくれる存在だった。
「もしかしたらなんだけど、唯ちゃんっていう子、すごいせっかちだったりする?」
思えば唯はけっこうせっかちだ。
学校や部活帰り、なかなか動こうとしない日向を引っぱって帰るのが彼女の日課である。
さらに、なかなか決まらないであろう学級委員および、クラスの係決めを彼女は難なく進めていった。もちろん学級委員は唯である。
そんな彼女のいつもの様子を思い出して、私は静かにうなずく。
「私の大学の友達にね、すっごいせっかちなリーダータイプの子がいるの。彼女ね、なんでもかんでもリーダー役ばっかり引き受けるから、心配になって聞いてみたの。
そんなにリーダーばっかりして負担にならない?って」
そしてたらね、と由希ちゃんは言葉を続ける。
「“全然負担に思ったことなんてない。私がリーダーをやったほうがきっと早く物事が進んで一番効率が良いと思うから。何より、自分が仕切っていれば自分のやりたいようにできるでしょ?”って」
「私からすると、物事の進む早さとか、自分のコントロールできる範囲とかよりも、“リーダー”っていう役割自体の荷が重くて、ぜったいそんなことできないって思ったけど。」
私も由希ちゃんに同意である。
「けど、そんな人種もいるんだーって気づいた。私には絶対にありえないって思うことを、自ら好んでやる人もいるって。絶対とは言い切れないけど、もしかしたら唯ちゃんもそのタイプなんじゃないかな。」
確かに、もしかしたら唯はリーダー役を担うことにあまり負担を感じないタイプなのかもしれない。
しかし、だからといって彼女に自分の仕事を押し付けるのは気が引ける。
そう思っていると、
「中学生のうちにリーダー役を担っておくことは確かに重要だけど、その負担で毎日落ち込んでたら元も子もないからね。
ギブアンドテイクだよ!唯ちゃんと交渉してみるのはどうかな?」
由希ちゃんの提案に少し納得し、明日唯に頼んでみようと思い、成功したスコーンを貪るのだった。
―――翌日、6時間目。
今日も修学旅行の班ごとの会議である。しかし、今回の議題は自由行動についてではなく、“修学旅行にカメラを持って行っても良いか”についてであった。
すこし騒がしくなった教室に、先生が言葉を発す。
「じゃあ、それぞれの班でカメラを持っていくメリットとデメリットについて話し合って。班長は議事録とっとけよー、今日の班長会議で使うから。」
今回の会議の主導は活動係、つまり私。
けれど、自分ではうまく会議を回せないと踏んだ私は、唯に話しかける。
「唯ってさ、リーダー役をやったり、場を仕切ることに負担を感じたりしないの?」
少し悩んだあと、唯は話し出す。
「負担を感じないことはないけど、黙って聞いとくより自分で仕切ったほうが楽かな。たぶん“リーダー役“が好きなんだよね。」
あ、唯は多分由希ちゃんのお友達と同じタイプなのかもしれない。おずおずと、今日の仕切り役を変わってもらえないか尋ねてみる。
すると、唯は待ってましたと言わんばかりの表情で、「いいよ」と快諾してくれた。
もちろん、議事録係は私が引き受けた。
仕切り役を受けてくれた唯が、軽快に場を回してゆく。
「はい、じゃあ一条から時計回りになんか案出してって」
そう言われた男子三人衆は口を開く。
意外にも彼らからは、案が出てきた。
・思い出を、画として残すのは大事
・高価なカメラを持ってくると、盗まれるかもしれない
などなどである。
彼らの順番が終わり、唯が私にも聞いてくれる。
少し考えた後、私はデメリットの中に、“ある視点”が抜け落ちていることを見つけた。
それを唯に伝え、私たちの会議は終了した。
先生が全体での議論へと事を進める。
「時間になったから、じゃあ一班からメリットデメリットを発表してー」
私たちの班は6班つまり、一番最後。班会議の中では唯に仕切りを頼んだけれど、今回の仕切り役は、もともと活動係である。したがって、全体に発表するのは私だ。
けれどまあ、どの班からも出て来る案は似たり寄ったり。そこまでの緊張感はなかった。
それぞれの班が似通った案を発表していく。
しかし、事態は一変した。5班までの発表が終わり、私が発表のためにその場に立ち上がると、
いきなり担任が怒鳴り始める。
「全班の発表を聞いたけど、このままではカメラの持ち込みを許可することはできない。
お前らは本当に、自分たちのことしか考えてないな!!!!」
え、まだ私(6班)発表してない!
おそらく、先生は6班の発表がまだのこと、私が立っていることに気づいていないようだった。
彼はそのまま説教を続ける。
気まずそうにその場に立ち尽くしていると、
「先生~まだうちの班の発表してないですよ~」
その場にそぐわぬ軽口で、一条君が説教に割って入った。
すると、怒鳴り散らしていた先生と目が合う。怖い。
わずかな沈黙のあと、少し気まずそうに先生が告げる。
「じゃあ、6班言ってみろ。」
ただならぬ緊張感の中、私はまず自分の班で出たメリットを読み上げる。
それまでの5班と同じような内容だ。しかし、デメリットは違う。
「6班で出たデメリットは、前までの班から出ていたカメラの紛失・盗難の危険性に加えて、他の旅行客とのトラブルに発展する危険性が挙がりました。」
そう。会議中に抜け落ちていた“ある視点”とは、他の旅行客目線でのデメリットである。
あの失敗したスコーンと写真を撮った日、由希ちゃんが教えてくれた視点だった。
「もし、私たちがところかまわずカメラを向けていると、もしかしたら他の旅行客の方を写真に映してしまうかもしれません。
そして、写真に写ることをひどく嫌う人や、立場上で不利益を被る人が、他の旅行客の人たちの中にはいるかもしれません。そんな人とのトラブルの危険性が、デメリットとして考えられます。」
そう言って発表を終えた私は「以上です」と区切って、席に着いた。
先生は少し黙ったあと、
「そう!自分たちたけじゃなく、周りの人に対する配慮が重要!」
そう言って、先ほどまで怒りをぶつけていたはずの担任は、「じゃあ、結果は班長会議で話し合うから」と言って、あっけなく説教を終えてしまった。
ひょうしぬけしながらも、自分が出した案がこの議論の的を得ていたと知り、少しうれしくなって6時間目の授業を終えられたのだった。
授業が終わり、みんなが掃除のために机を後ろに運んでいる中、私はある人物に声をかけていた。
「一条君!」
同級生の中では、大き目の背中に声をかけると、彼が振り向いてくれた。
「さっきの、先生が6班の発表に気づいてくれなかった時の、ありがとう。」
そうお礼を告げると彼は
「ん」
と言って男子グループの中へ消えて行ってしまった。
彼にとって、説教に割って入ることなどお茶の子さいさいなのかもしれない。けれど、ひとり立ち尽くしていた私には、とてもありがたい出来事だったのだ。
掃除と帰りの学活を終えた私たちは、部活のため体育館へ向かう。
緊張しい出来事はあったけれど、結局丸くおさまったため、私は上機嫌で部活をこなすことができたのであった。
練習を終え、全体で監督(顧問)への挨拶をすると、
「じゃあ、今週末の市総体に向けて、ユニフォーム配るぞー」
一気に空気がピリッとする。女子バスケ部は全部で15人。三年生4人に、二年生(私たち)5人、一年生6人である。すなわち、3人はユニフォームを着ることができない。
「今回は一年の成長も含めて、メンバーを選んだから。」
そう言って次々と番号と名前を、監督が読み上げてゆく。
「10番、ひより」「はい!」
ここまでで、2,3年生は私以外が呼ばれていた。
「11番、さき」「はい!」
ここで、2人目の一年生が呼ばれる。もう残りは一枠しかない。
「12番、」
心臓がうるさく鼓動する。
ここで呼ばれなければ、私は市総体当日ユニフォームを着ることすらできずに応援する羽目になる。何より、先輩としてのメンツが立たない。
ゆっくりと監督が口を開く
「まりこ」
読み上げられた名前は、一年生だった。私は負けてしまったのだ、こんな小規模の部活で、しかも一年生に。
自分が下手な自覚はあった。しかし、さすがにユニフォームくらいはもらえると踏んでいた自分がバカらしい。
悔しい、恥ずかしい、いろいろな感情が混ざり合って自分をうまく制御できない。というか、あの時部活になんか入らなければ、なんて意味もないタラレバを脳内で繰り返す。
私は鬱々とした気分で帰路に就くのだった。
しかし、追い打ちをかけるかのように、今日も今日とて、帰り道は2-2-1隊列。1の役割は私。
いつも“なんとなく”で決まってしまう、この配置。けれど今日は違う。
ユニフォームを唯一もらえず、今にも泣きそうな顔で落ち込む私を4人は明らかに避けていたのだった。
彼女たちは泣きそうな顔の私に気を使って、私を1にしてくれたのかもしれない。
けれど、彼女たちの“気遣い”は、私に“今日も1なのか”と悲しみの追い打ちをかける要因になっていた。
その日の帰りは、一言も話すことができずに家に着いたのだった。
続く
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