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ユニフォーム
部活から帰宅する。
「おかえり~」と言って出迎えてくれた由希ちゃんに、小声で返事をする。
彼女は、明らかに落ち込んでいる私に何か声をかけようとしてくれた。
しかし、今はひとりになりたい、そう思った私は「ごめん」と言って、二階の自分の部屋へ引っ込んだ。
扉を閉め、一人になった途端、涙があふれだす。
なぜ自分はユニフォームをもらえなかったんだろう、一年生は三人ももらえていたのに。
自分が下手なのは分かっている。けれど、一年生よりはできているつもりだった。
確かに100%のやる気で部活に参加していたわけではない、けれど無断でサボったことは一度もないはずだ。
監督にも人一倍怒られた気がするが、悪態をついたり反抗したことは一度もない。
自分に存在価値なんてないのではないか、と考え始めると、ぐるぐると自分を罵倒するような言葉しか浮かばず、その日は一日苦しかった。
―――翌日の朝。
今日は本当に学校に行きたくない。なぜなら今日は、市総体の決起会が行われるからだ。
週末の市総体に向けて、体育館で全校生徒が集まって、運動部を激励するのである。しかし、運動部として前に出るのはユニフォームをもらった部員のみ。
私は、一年生さえもが前に出て激励される中、制服を着て激励する側でいなければならないのだ。
ずっと家に籠っていたい。けれど、ここで学校に行かないのは、さらに自分の惨めさに拍車をかける気がして、私は登校する決心をしたのであった。
登校後、緊張した面持ちで授業を終える。決起会は昼休み後の5時間目。
給食時間がおわり、昼休みになると私以外の4人はユニフォームへと着替えるために、体育館へと向かってしまった。同様に、運動部に所属するクラスメイトたちはどんどんと体育館へ向かう。
教室にはパラパラと人が残った。そもそもこの学校は全校生徒が少ないため、各部活の部員数も少ない。
したがって、2年生でありながらユニフォームをもらえず決起会に出られないのは、大方私だけであった。
教室に残るメンバーといえば、運動部ではない美術部の子、学校外のクラブチームに所属している男子、なんの部活にも所属していない“教室で浮いた存在”であった。
教室の後ろで、クラブチームのサッカーをしている二階堂くんと三好くん(2人とは修学旅行の班が一緒)がふざけあっている。
「卓海の男バスが登場したら、一気に叫んでやろう」
「いや、やめろ。普通に迷惑だろ(笑)」
ふざける二階堂君を三好くんが窘めている。ちなみに、“卓海”というのは一条君のことである。
私はいつも一緒にいる唯たちがいなくなり、どうしたものかと机の中の教科書を整理するふりをして時間をつぶしていた。すると、
「――琴って、――――だっけ?」
「ああ、―――――だろ。」
「バッカ、―――」
後ろから二階堂君と三好君の噂話と笑い声が聞こえる。かすかに聞こえた単語から、自分の噂話をされているのではないかと感じた。
この学校は人数が少ない。したがって、誰が何部なのか大方把握されているはずだ。
きっと彼らは嘲笑っているのだ。ユニフォームをもらえず、ひとりポツンとしている私を。
今にも顔から火を噴きそうなほど恥ずかしかった。
そして、自分が“浮いた存在”のような扱いをされていると思うと耐えられず、私は席を立ちあがる。
私、ユニフォームも貰えないうえに、唯たちがいないと教室に居場所もないんだ。
そう思うと自分がみじめで、誰かと一緒にいなければと気がおさまらなかった。
私は教室の隅でたむろする美術部の子たちに声をかける。幸い、彼女たちは戸惑いながらも私を輪に入れてくれた。
しかし、そのなかでの会話は私の知らないゲームやアニメの話ばかりで、ほとんど何を言っているのか分からなかった。
けれど、私はその場に合わせて笑う。同じタイミングで同じように笑うことで、私は“浮いた存在”ではない、と誰かにアピールするかのように。
そんな自分が、みじめでみじめで仕方なかった。
昼休みが終わり体育館に移動すると、決起会が始まった。
運動部員たちが登場し、各部活ごとに抱負を述べていく。
「こんにちは。女子バスケットボール部です。私たちは田中先生ご指導の下、日々練習に励んでいます。」
そう主将が言って、どんどん会が進んでゆく。
体育館でただ一人、自分だけが異端の存在なのかのように思われた。
まわりにいる同級生たちは皆私のことを嘲笑っているのではないか、そんな思考が止まず暗い気持ちのまま、決起会を終えたのだった。
決起会を終え、教室では6時間目の授業が始まる。
最悪なことに、その授業とは修学旅行の班会議。私の噂話をしていたであろう、二階堂君と三好君と顔を合わせなければならない。
心を無に保とうと決心して会議に臨む。
幸い、唯が場を回してくれたおかげで会議はつつがなく終了し、私たちの班は時間を持て余してしまった。
すると二階堂君が口を開く。
「おい、卓海~。決起会の時チキったろー?」
「は、チキってねーし!!」
ふたりがじゃれ合う中、三好くんがさらに話し出す。
「そうそう、教室で俺ら話し合ってたのに、お前のやる気だす激励。」
「なにそれ」
「お前の好きな琴子―――フガッ」
一条君が勢いよく三好君の頭をつかむ。その様はまさにヘッドロック。
というか、聞いてしまった。聞き間違いかと思ったが、一条君の反応に信ぴょう性が増す。
一条君は私のことが好き...?
それと同時に今日のモヤモヤが一つ解消する。
教室で二階堂君と三好君が噂話をしていたのは、私がユニフォームをもらえなかったこと、についてではなく、一条君の思い人について、ということだったのか。
そう思うと、どこかすっきり――
するわけがない。
頭の中は大混乱である。え、一条くん私のこと好きだったの!?え、なんで、え、え、え、え。うれしいやらびっくりやらで、頭の中はお祭り騒ぎである。
そんな中、一条君は私に向かって口を開く。
「ち、ちがうから。俺が好きなのは、小鳥が遊ぶって書いて“たかなし”って読む、小鳥遊先輩だから!男バスの!“コトリ先輩”って呼んでんだよ!」
「そうだよな?」
そう言って、一条君はつかんでいる三好君の頭を揺さぶる。
「そ、そうなんだよ。コトリ先輩、コトリ先輩!」
三好君も同意する。
そ、そうなのか。気圧されながら納得する。
一条君の思い人は私ではなかったようだが、今日の二階堂君と三好君の噂話が私を嘲るものではなかったと知り、結果的には救われたのだった。
―――帰宅後。
夕飯を食べながら、由希ちゃんに今日あった出来事を話す。そして、先日の悪態を謝った。
「ごめんね、あの日、由希ちゃんが何か言ってくれようとしてたのに、無視して部屋にこもっちゃって。」
由希ちゃんは首を振る。
「いやいや!一人になりたい瞬間って絶対あるよね!大丈夫!」
「それより」そう言って由希ちゃんは言葉を続ける。
「明日からの市総体、大変だよね。身体的にも精神的にも。」
「うん...」
私は同期や一年生が活躍するなか、応援である。
「じゃあ、何かご褒美用意しよっか!」
「その日は琴子の好きなもの食べよう!何食べたい?」
「グラタン食べたいな」
「分かった、頑張って作るね!」
そうだ、私にはどれだけの困難が降りかかっても、どれだけ自尊心が削られようとも、由希ちゃんが味方してくれる。
由希ちゃんはこんなにうじうじと考え込む私を応援してくれる、そう考えると、どこかやる気が湧いてきた。
―――そして、市総体当日になる。
続く。
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