バスと奇数

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バスと奇数

私たちは試合会場へと向かうため、学校の正門前に集合する。 私たちの学校は、あまりにも田舎にあるため、試合会場まで遠い。そのため、学校には運動部用の送迎バスがある。 バス一台を男子バスケ部と女子バスケ部で共有する。会場の地理関係的に、先に男子を会場に届けた後に女子を会場へと運ぶ。したがって、乗車する順番は女子→男子である。 ここで、全ての奇数の団体に通ずる絶対的な真理を紹介しよう。 それすなわち、“バスを制する者は奇数を制する”である。 というのも、バスの座席とは普通2人席ばかりである。しかし、最奥席には五人席すなわち奇数の席が用意されているものが多いのだ。 私たちは5人グループ。もちろん奇数席をいただく。 最奥の奇数席をおさえた私はストレスなく、バスの移動時間を楽しむことができたのであった。 一時間ほどバスに揺られると、ついに試合会場に到着した。 私たちのチームは第一試合から始まるため、ユニフォームをもらったメンバーは早々と準備を始める。 私はユニフォームをもらえなかった一年生二人を連れて、体育館の二階へと移動した。 二階には、すでに相手校の応援メンバーと、少数の保護者がいた。 試合が始まる。 私たちのチームは三年生が4人。バスケットボールは5人で行うスポーツ。したがって、残りの一枠は、ほぼ二年生での争いとなる。 今回の試合では、練習時と同様、唯とララ、日向が交代で試合に出ていた。それに対して、ひよりは普段から、二年生のなかでは、あまり試合に出ているイメージは無い。 ビビーーーー こちらのスリーポイントシュートが決まる。二階から、私と一年生二人は三人という少ない人数ながら、声を張り上げて応援していた。 一年生の二人も初めての公式試合ながら、しっかりと応援をおぼえてくれていて助かった。 試合後半になると、こちらが優勢でほぼ勝利が確定した流れになって来た。 人間である以上仕方ないことだが、一緒に応援してくれる一年生二人が疲からか、ダレてきた。試合展開的に白熱しているわけでもないため、気持ちは分かる。 体育館の二階には、私たちの背丈的にちょうど肘を置けるほどの銀の手すりが付いている。 しかし、部員として応援席にいる私たちがこの手すりを掴んだり、もたれかかったりすることはNGである。私たちはあくまで、“部活”をしにきているからだ。 案の定、一年生二人は銀色の手すりにもたれかかっている。 初めてだから、そのような“暗黙の了解”を知っているはずがない。私は二人に説明して、もたれかかるのを辞めるよう促し、二人はすんなりと受け入れてくれた。 その後、私たちのチームは大きく開いた点差を保ちながら、勝ち越すことができた。 点数的に勝ちが確定していた試合であったが、応援でしか自分の存在価値を証明できないと悟っていた私は、最後まで手を抜かず、応援に全力をかけた。 しかし、応援に夢中になるあまり、一緒に応援してくれた二人を気に掛けることを忘れていた。初めての応援は案外疲れるものだから、労わり合おう。そう思って、一年生二人に目を向ける。 ――彼女たちは、またもや銀の手すりにもたれていた。 さっき注意したのにな。そう残念に思いながらも、きっと二人とも疲れてしまったのだろう。そう思って、軽くの注意に済ませて外に出た。 試合後、体育館の外で、私たちは全体集合し、監督の話に耳を傾ける。 監督は一試合目の勝利を喜びながらも、次の試合への喝を入れて、部員たちの緊張感を持続させようとしていた。そのせいか、この全体集合自体の空気もピリついている。 監督の話が終わろうとしたとき、いきなり私の名前が呼ばれた。 いきなりの呼びかけに驚きながら、はい!と返事をする。 すると、監督がピリついた雰囲気のまま 「お前、一年を手すりに、もたれかけさせんな。指導くらいはちゃんとやれよ。」 心底呆れた、そう言わんかのようなセリフである。 私は、身体の臓器という臓器がずしーんと音を立てて落ちていく感覚だった。 その後、全体集合は解散し、私たちは各々昼食をとることになった。 3年生たちは、スタメンで会議をしたいとのことで、唯、ララ、日向を連れてどこかへと行ってしまった。 残された同期は私とひより。私たちは二人で体育館外の階段でお弁当を食べることにした。 といっても、今食事がのどを通る気はしない。先ほどの監督の発言が脳内で何度もこだまする。 私は全体集合で皆の前で怒られたのだ。しかも、ミスプレーをしたからではない、十分に後輩指導ができなかったから、である。市総体という会場に来てまで。 お前はプレーもまともにできないうえに後輩を指導することもできないお荷物だ、そんな監督の裏メッセージに心底落ち込んでいると、隣のひよりが声をかけてきた。 「さっきの災難だったね~。でもウチ、琴子がちゃんと注意してるとこ見てたよ。だから、琴子は悪くない!気にすること無いって!」 そう言って肩を抱き、慰めてくれる。 「ありがとう」 私が未だ悲しげにお礼を言うと、ひよりはさらに言葉を重ねる。 「ユニフォームもらってる分際で言うのも難だけどさ、ウチもポジション的に結構きついんだよね。2年でウチだけ試合に出れてないし。 しかもね!監督が書いてるノート見ちゃったんだけど、ウチについて書いてる欄にね、“なし”って書いてたの!ひどくない!?」 同意を求められて少し考える。ひよりに“なし”なら、私にはどんな罵詈雑言が記されているのだろう。そう思った、私は 「きっと、私の欄には“なし”以上のひどいことが書いてあるよ」と返してしまう。 言葉を発した後に、これ絶対返しに困るやつじゃん、と後悔したのは言うまでもない。 けれど、ひよりの返答は意外なものだった。 「じゃあ、ウチらお揃いだね。部活でうまく立ち回れない同士じゃん。」 きっと私のほうが結構いろいろうまくできていないけどね、なんて思いながらも、ひよりが私に歩み寄る姿勢を取ってくれたのは少しうれしい。 というのも、彼女はいつも日向と仲良くしているイメージがあるため、もっとワイワイするタイプなのかと思っていたからである。 「そもそもうちのグループでウチと琴子ってなんか毛色違うくない?」 そう問われ、あまり納得できない、という顔をしていると 「5人の中で、唯・ララ・日向って割と“我が強い”タイプじゃない? ウチ、その三人に詰められたりしたら何もいえないもん」 そう言われて納得する。唯・ララ・日向は、自分の意見をきっちり通そうとするし、そのためなら対立も恐れない。 それに対して、ひよりは割と相手に迎合するタイプだと思う。 思い返せば、日向とはよく騒いではいるが、ひより一人の時は普通におとなしいイメージだ。 加えて、彼女が「私が一年生に注意しているところを見ていた」と言っていたように、彼女は結構周りを見るタイプなのである。 そんな器用なひよりが私と自分が似ていると言ってくれたこと、何より自分の自虐話を私にしてくれたことがうれしくなり、私たちは部活での失敗話に花を咲かせた。 「ウチだけ抜きでスタメン会議されたの、結構メンタル来たんだよね~」 「私も、一年生がユニフォームもらえてて、私だけもらえなかったの、ほんっとうに落ち込んでたんだよね」 「あ、それ思った!琴子を差し置いて一年生にユニフォーム渡すとか、監督まじでひどいよね。でも、ウチは絶対一年より琴子のほうが上手いと思ってるから!」 そう言ってもらえるとお世辞でもうれしい。 「なんか琴子と話してたら、ウチ気分が晴れてきた! 今日のバスさ、一緒に隣で座らん?これまでの愚痴、言い合おうよ!」 唐突な誘い、それでも嬉しかった。意気投合した、語り合えた、そう思えたのは私だけではないのだ。 そうして私とひよりは帰りのバスで隣に座ることを約束した。 昼食を終え、私たちのチームの第二試合目が始まる。 二階へ上ると、一年生二人が私に謝って来た。 怒られた直後であれば、二人に怒りを多少ぶつけていたかもしれないが、今はひよりと共にストレスを発散したあとであるため、気分がいい。 私は一年生二人の謝罪を笑って許すことにした。 試合はこちらが優勢のまま、順調に進み、私たちのチームは二連勝で一日目を終えた。 監督も、試合に出ていたメンバーも皆機嫌がよく、和気あいあいとしたムードであった。 その後、ユニフォームをもらったメンバーは着替えのため更衣室へ向かい、私と一年生二人は先にバスに乗り込んでいた。 バスにはすでに試合を終えていた男子バスケ部が待機しており、彼らは「早く女子帰って来いよ~」と不満を垂れてバスの後部座席を占拠していた。 そんな彼らを怖いと思いながらも、今の私には少し心の余裕がある。 なぜなら、このあとひよりと、これまでの愚痴を発散する約束をしているからだ。 私たちは5人グループであるため、私とひよりが隣同士で座れば、男子が奇数席を占拠した今、誰かが一人になることは不可避である。 しかし、いつもの帰り道では、私が2-2-1の1の役割を負っているのだから、今日くらい許されるだろう。そう自分を肯定して、ひよりの帰りをバスで待っていた。 数分すると、ララたちがバスに乗り込んできた。順番としては、ララ、唯、日向、ひよりの順である。 最後尾のひよりと目が合った。ここにいるよ、と手をあげて知らせようとした瞬間― ―すっと、ひよりは目をそらし、日向の隣に腰を下ろしたのだった。 え、今日は私と座るんじゃなかったの? そんな絶望感を抱えたまま、バスは出発した。 隣のいない寂しい席で悶々と考えをめぐらせる。 ひよりは約束を忘れていただけではないのか、そうポジティブに考えようとすれども、あの一瞬の彼女の目線の動きがすべて物語っている。 彼女は事前に交わした私との約束よりも、目の前にいる日向を選んだのだ。 前の席から、日向や唯の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。彼女たちは二連勝に浮かれて、ずいぶん気分が良いようだ。 そんな笑い声に連れだって、私のネガティブ思考はさらに飛躍していく。 思えば、彼女は「私が一年生を注意する場面を見ていた」と言っていた。ならばなぜ、監督が私を説教する場でかばってくれなかったのか。 そもそも、唯・ララ・日向も私がひとりになることを承知で、もしくは私のことなんて考えもせずに、それぞれペアに座っているか。私のことなど、どうでもいいのか。 今まで考えないようにしていた事実を、否が応でも突きつけられた。 ―――彼女たちの中で、私は一番優先順位が低いのだ。 泣きそうになるすんでのところで理性を働かせる。後ろには男子バスケ部がいる。ここで泣けば、クラス中で噂になってしまう。そんなことには耐えられない。 私は必死の思いで涙をこらえ、1時間ほど孤独にバスを過ごした。 学校に到着し正門前で集合して、監督に挨拶する。 「今日の勝利に浮かれるな。明日の試合も、気を抜かず、全力でプレーするために、今日は絶対寝ろよ!」 そう喝を入れながらも、監督自身うれしそうなのが伝わってくる。今は、そんな戦勝モードさえ、私の心を粟立たせた。 話を終えて解散し、各々下校する流れになる。 私は、絶対にひよりに何か言っておきたいという気分になり、彼女を呼び止めた。 私の声には、結構な怒りの感情が乗っていたのかもしれない。普段ならば、こんなに感情的にはなれないが、今日ばかりは抑えていられなかった。 「帰りのバスさ、―――」 私が言いかけた途端、 「ごめんごめんごめん!約束してたやつだよね? 忘れてた、まじごめん!」 ひよりは顔の前で手を合わせて軽快な声で謝って来た。 あ、ここでそんな“忘れてた”なんて嘘ついちゃうんだ。 きっと彼女も私に嘘がばれていることくらい分かっているだろう。けれど、彼女にとってはバレたとて、何ら問題無いのだ。 私程度の優先順位の人間には、その程度の嘘とその程度の謝罪で良いと、彼女はきっと考えているのだ。 意識が朦朧とする。私は何も言い返す気分にはなれず、黙ってしまった。 きっとこの後の帰り道も、私は2-2-1隊列の1なんだろう。そう思うと、なんとも自分が惨めで、情けなく思えてきた。 今日はもう、彼女たちと一緒にはいられない。 そう、直観的に悟った私は、唯に「トイレに行ってくるから、先に帰っていて」と伝えて、トイレへと駆け込んだ。 そのまま20分くらい泣き続けた。 続く
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