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心を躍らせながら玄関の扉を開くと、甘い蜜を煮詰めたような匂いが立ち込める。その匂いに誘われて玄関に足を一歩踏み入れたところで、リビングの扉が開いた。凪さんがゆっくりこちらに足を向ける。
顔を真っ赤に染めて、大きな瞳は潤んでいた。
……ヒートか? だから凪さんはあんなメッセージを送ってきたんだ。
このまま匂いを嗅いでいるとまずいと思い、踏み入れた足を戻して玄関の扉を閉めた。扉を背もたれにしてカバンの中に入っている抑制剤を探す。
扉のレバーハンドルが下がり、慌てて体重を掛けて押さえた。
出てこようとしている? この状態の凪さんを外になんて出せない。どこにαがいるかも分からないし、何よりも俺が凪さんにとって1番危険な相手だ。
再び匂いを嗅いで凪さんに近付かれたら、平静でいられる自信なんてない。欲のままに凪さんを抱く想像をして身震いした。
「海斗さん、何で閉めちゃうの? 開けてよ」
甘えを含んで泣き出しそうな声が扉越しに聞こえた。
「凪さん、少し待っていてください。危ないですから」
焦るとなかなか見つからない。俺が探している間も凪さんは、開けてよ、とぐずりながら繰り返す。
言うことを聞いてしまいそうになるのを抑えて、やっとの思いで抑制剤を見つけた。すぐに水で流し込み、大きく深呼吸する。
ヒートのΩに出会ったのは初めてだった。この抑制剤がどれくらいで効くのか分からない。
扉越しに俺を求め続ける凪さんをこのままにできず、意を決して扉を開いた。
すぐに凪さんに抱きつかれ、急いで扉を閉める。
充満する凪さんの匂いにクラクラとした。
「海斗さん、早く帰ってきてって言った! 閉めたらヤダ」
抱きつかれたまま見上げられ、噛みたい、と思うと同時に自分の頬をぶん殴る。
薬が効いているのか自制心かは分からないが、自分で自分を抑えられるくらいに理性はあるようだ。
「遅くなってすみませんでした」
「今日はずっと僕と一緒にいて」
「はい、もちろんです」
ヒート中の凪さんは甘えた声で敬語がなくなり、可愛過ぎてどうにかなりそう。いや、いつもの控えめな凪さんも可愛過ぎてどうにかなっているのだが。
「服ちょーだい」
「服、ですか?」
「海斗さんは洗濯物溜めないから全然匂いがしないの。シーツも何で洗っちゃうの! 1番海斗さんの匂いがするのソファだった。この服ちょーだい」
ジャケットを脱いで渡すと、凪さんはそれに顔を埋めて大きく息を吸い込んだ。デスクワークだが、一日中働いた服を嗅がれるのは気になる。臭くないだろうか。
リビングに行く途中、俺の部屋の扉が開いていて中を覗く。クローゼットから服がはみ出ていた。
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