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「お父さんを探してる? この子の?」
「そうだぜ!」
「てて様、どこにいるのかなぁ……」
「その、どんな人とかってわかるか?」
「むらさきの……」
「紫の?」
「ふろしき」
「ふ、風呂敷?」
「包んである」
「風呂敷で!? 父親を!?」
胡鶴は駅前のビルの前で警備員をしている知人を訪ねた。塚田というこの男は、おばけ騒ぎに遭いやすく、そのせいで職を点々としているが、真面目で頼れる大人だ。
だが、肝心の永遠の言い分が要領を得ない。提示された不思議な父親像に、塚田は頭を悩ませていた。
「じゃあ、髪型とか背丈とかはわかるかな?」
「髪は黒、も、もさもさしてる」
「身長は?」
「しんちょう……」
永遠は考え込むように「うむむ」と唸った。しばらく考えた後に手で示された大きさに、胡鶴と塚田はポカンと口を空けてしまう。
「父ちゃんサッカーボールだったりする?」
永遠が両手で示した高さは、どう見積もっても頭ひとつ分しかないのだった。
「なになに? ボールは父親だって?」
そこへ、明るい声が割り込んできた。塚田と同じ警備員の服装をしたこの女性も、胡鶴の知り合いである。
「一条ちゃんだ」
「よっす、鶴ちゃん。あんまり遅くまで出歩いちゃだめだぞ」
ニヤリと口の端を歪めるようにして笑う一条に、胡鶴は「大丈夫だって」と明るく返す。
一条は胡鶴の祖父が師範を勤める合気道道場の門下生である。胡鶴にとっては年の離れた先輩だ。赤茶色のくせ毛を緩く纏めた、中性的な顔立ちの女性で、カラリとした性格が胡鶴は好きだった。
「紫のボールみたいなのが、ひとりでに転がって行くのを見たって話は聞いたよ」
「ほんと!」
「まあ、酔っぱらいの発言だから、見間違いかもしれないけどね」
「どっちの方!?」
「神社のあたりだったかな」
一条の注釈を気にした様子もなく、元気に「ありがとう!」と叫んで永遠の手を引いて走り去る。
「嵐のような子だなぁ」
「そこが可愛いんだよね」
その場に残された大人たちは、小さな背中を見つめながら囁きあった。
「こ、胡鶴は、ともだち? が、多いんだ、ねぇ」
「まーな! この辺は庭だぜ!」
隣を早足で付いてくる永遠の称賛に、胡鶴は小さな胸を張る。少々過言ではあるが、たしかに小学生にしては妙に顔の広い子どもであった。
「いいな、お、ともだち、たくさん」
吃音交じりのおっとりした声に、「永遠兄ちゃんも、もう友達だぞ」と胡鶴が頷くと、永遠は白い頬を桜色に染めて嬉しそうに跳び跳ねた。
ぐう、とお腹が鳴る。
「あ」
思わずお腹を押さえたのは永遠だった。
「腹減ったのか?」
「……うん」
途端に静かになった永遠が、繋いだ手に力を込める。ぎゅうぎゅうと握られた手が痛くて、胡鶴は思わず足を止めた。
「おなかがすいた」
ぱかりと空いた口から、たらりと涎が零れる。人間離れした石榴のような色の瞳が、爛々と胡鶴を見下ろしていた。
「……っ!」
ぞっと、背筋が寒くなる。
捕食者とばったり出くわしてしまった小動物のような気持ちだった。目の前にいる青年が、突然、おそろしいものに見える。
「ああ、だめ」
永遠が首を振って胡鶴から手を離す。2、3歩と距離をとって頭を抱えた。
「だ、だめ、なんだよぉ……にんげんを、た、たべるのは……てて様にしかられる……」
「兄ちゃん……もしかして」
うーうーと幼いうなり声をあげる永遠に、胡鶴は恐る恐る尋ねる。
「喰人、なのか?」
「!」
驚いた様子の赤い両目が、胡鶴の方を向く。
そのまま沈黙が下りるかと思われたが、永遠はすぐに濁った笑みを浮かべた。
「だったら、どうするの?」
「飴ちゃんしかないけど、食べるか?」
「はあ?」
今度は驚きを声に出した。差し出された手と、胡鶴の顔を見比べる。出会った時と変わらず、この子どもの顔には善意しか感じない。いっそ気持ち悪いほど。
「要らねぇの?」
「いる……」
困惑しながらも飴を受け取る永遠に、満足そうに頷いた胡鶴は離れた手を繋ぎ直した。
「先生から喰人の話を聞いて、ずっと腹が減ってるのは可哀想だなって思ったんだよな。だって、喰人は生まれたくて、そんで生きたいんだから。お腹が空いたら食べなくちゃだろ。仕方ないじゃん。流石に食べられたくはないけどさ」
独白のようにそう語った胡鶴は「俺の親、食堂やってんだ。来てくれたらサービスするぜ!」と笑う。
「こ、胡鶴は、変わった子、だね」
「そうか?」
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