喰らうひと

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 ここ数週間のうちに、逆衣町(さかいまち)では恐ろしい事件が起きていた。  夜な夜な、子どもの指を切り取っていく不審者がでるのだ。最初の子どもが被害にあってもう3週間経つが、被害者は増える一方で、犯人の手がかりになるようなものは一切ない。子を持つ親は戦々恐々とし、学校側も警察もピリピリした様子で、周囲を警戒していた。 「あ、(かく)ちゃんウノって言ってない」 「げっ」 「わはは、ここでくらえ! ドローフォー!!」 「ぐああああっ!」  ここはダムの近くにある、古い蔵を改装した小さな民営の図書館――通称、蔵図書館。  迷路のように連なった書棚の奥にある一室から、なんともまあ喧しい声が響く。  逆衣町の小学校に通う胡鶴(こかく)(りょう)透真(とうま)の3人が、畳に胡座(あぐら)をかいて、仲良くカードゲームに勤しんでいるのだった。 「世間様は可哀想なくらい気を揉んでいるっていうのに、お前たちは呑気なものだねぇ」  そんな子どもたちを見下ろしながら、のっそりと1人の男が現れた。  老竹色の着物を着こんだ鳥の巣頭のこの男は、蔵図書館の管理人だ。名前を藤丸鳴鶸(ふじまるなるひわ)という。湯呑みを片手に「どっこいしょ」と、爺臭い掛け声を伴って机を挟んだ向かいに腰かけた。 「先生、おじさんみたい」 「腰は大丈夫か?」 「仕事はどうしたのさ」  ケタケタと笑いながら揶揄ってくる子どもたちに、「うるさい、うるさい」と鳴鶸は頭を抱えた。  三十路も近づいてきた鳴鶸にとって、おじさん呼びはデリケートな問題なのだ。小学生からすれば十分おじさんなのだろうけど。  おまけに、座り作業が多いせいで腰痛がひどいのだ。そして、仕事は遅々として進んでいない。真っ白な原稿用紙を思い返してげんなりする。 「あ〜! も〜やだ〜っ!」 「おじさんじゃなくて、駄々っ子だったね」 「ね」  机に額をゴツンとぶつけて足をばたばたさせれば、透真と凌は呆れたように頷き合う。鳴鶸に優しいのは「よしよし」と背中を撫でてくれる胡鶴だけだ。 「まあ、冗談はこれくらいにして……そんな様子なのだから、今日は早めに帰りなさいよ」  しょっぱい顔をして身体を起こした鳴鶸の言葉に、抗議の声が上がる。子どもたちはいつでも元気が有り余っている。家に帰って宿題をするより、少しでも長く友達と遊んでいたいのだ。 「でもよう、家の中にいたって‘‘指切り’’は来るんだろ?」  胡鶴が唇を尖らせた。  子どもが襲われるのは、実のところ室内が殆んどだった。それも、寝ている間にやってくる。音もなく現れては子どもの指をもっていく。誰も気づけず、何も痕跡を残さない。‘‘指切り’’とは、子どもたちの間で広まった、犯人のあだ名だった。 「2組のヨシオがやられたって聞いたぜ」 「切られたっていうよりは、食いちぎられたみたいな傷口してるんだって」  透真と凌も苦い顔をする。  なんとも不可解な事件であった。人間の仕業にしては、どうにも気味の悪さが勝つ。 「先生、これ、おばけちゃんの仕業じゃないよな?」  恐る恐る、といった風に透真が尋ねた。  切れ長の瞳をシルバーフレームの眼鏡で飾った彼は、理知的な印象を覚える美少年だ。実際に頭も良い。けれど、おばけの存在を心から信じていたし、驚くほどの怖がりでもあった。それは、胡鶴や凌も同様だ。  胡鶴たちはこれまでも何度かおばけや怪異の起こした事件に遭遇している。鳴鶸を先生と呼ぶのは、彼が作家先生だからではなく、怪談話の師匠であるからだった。 「指をもってくおばけなんているのか?」 「指に限定しなくてもいいんじゃない? 人間を食べるおばけとか」 「範囲が広いし、怖い!」  ああでもない、こうでもないと、身を寄せあっては囁き会う子どもたち。捨て置かれたカードたちが、畳の上で寂しそうにしていた。 「そうだね、逆衣町には指を食べる類の怪談はある」  鳴鶸が細い指で顎を撫でながら言うと、きらりと輝く3つの顔が、一斉にこちらを向いた。 「ただ、この一件には関係ないと思うけど」 「それでもいい! 聞きたい!」 「先生から話を切り出しておいて、そりゃないんじゃない?」 「聞かせて」  わちゃわちゃと小動物めいた動きで詰め寄られた鳴鶸は、観念したようにため息をつく。こうなると梃子でも言うことを聞かないのだ、この子たちは。  事件の手がかりになるかもなどと嘯いて、その実、ただ怪談話を聞くのが好きなだけだった。 「――そうだな。時は江戸の頃より前のこと。逆衣の町が、まだ極楽町(ごくらくちょう)という名前だった頃。山間の集落に仲の良い夫婦がいた」
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