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働き者で仲の良い夫婦だったが、彼らには悩みがあった。夫婦になってしばらく経つが、一向に子どもができないのだ。
お互いの親も孫の顔を切望するなか、食べ物から神頼みまで、あらゆることを試したが効果はなかった。
このまま、子宝には恵まれないのではないかと思った矢先の、ある晩のことだ。
夫婦は軒下からカリカリと何かを引っ掻くような音を聞いた。
猫か鼠だろうか。
気になって見に行くと、どうやらその生き物は、猫よりもずっと大きなものらしい。提灯を掲げて見て、思わず「あっ」と声が出た。
それは、赤子だった。
周囲を探しても、親らしい人影はない。一枚の布すら身に付けられず、捨てられたらしい赤子を、夫婦はたいそう哀れんだ。彼らに子どもがなかなかできなかったこともあり、夫婦はこの赤子を自分達の子どもとして育てることにしたのだった。
赤子は腹が減らなければ、泣きもせず、喃語も発さず、身動ぎも殆んどしない、まるで作り物めいた奇妙な赤子だった。
それだけならまだ大人しいだけであると言えるのだろうが、この赤子は恐ろしいほどに良く食べた。まだ乳歯も揃わぬ年頃だろうに、ずらりと立派な歯列をもっているのである。
夫婦は少し気味悪く思ったが、そういう個性のある子なのだろうと寛容に接していた。
1人目は、乳母だった。
乳の出ない妻の代わりに乳母を雇っていた。赤子の乳母はコロコロ変わる。ものすごい力で乳房に噛みつくからだ。3日と経たないうちに、逃げ出してしまう。
この4人目の乳母は、子どもを5人育てた少々年かさの女で、赤子の扱いも手慣れたものの筈だった。ところが、彼女は1日もしないうちに夫婦のもとを去った。赤子に乳房を食いちぎられたからだった。
あの家の子どもは、まともじゃないぞ。
そう、噂が立つのに時間はかからなかった。
乳母どころか、人の1人も寄り付かなくなり、けれど赤子は腹を減らしては泣き叫ぶ。それでも、夫婦はまだ赤子を可愛く思っていた。
2人目は妻だった。
抱いた赤子に重湯を与えていると、赤子が女の指を掴んで「お」とはじめて言葉を発したのだ。
女が耳をそばだてると、赤子はこう言った。
「おなかがすいた」
そう言って女の指を食いちぎったのだ。
今まで寛容だった夫婦もこれには流石に驚いた。かといって、拾った赤子を今さら棄てられるはずもなく、夫婦は怯えながらも赤子と暮らす生活を続けた。
3人目は夫だった。
ある夜、男は刺すような痛みで目を覚ました。虫も寝静まった夜半である。足の小指がひどく痛むのだ。
ぴちゃぴちゃ……ぴちゃぴちゃ……
それだけではない。何者かが、己の足を掴んで痛む指をねぶっている。
ぞっと寒くなる背筋を震わせながら、男は灯りを付けた。闇夜の中、ぼうっと現れたのは隣の部屋で寝ていた筈の赤子であった。
ふくふくとした白い手が、男の足をしっかりと抱えていた。男の足先には指がなく、赤子は血にまみれた唇を傷口に寄せ、溢れる血潮を啜っていた。
男は妻を叩き起こして、逃げるように家を去った。
大きな家に赤子が1人取り残されたが、夫婦がその家に帰ることは、2度となかった。
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