ドングリ・グツグツ~妖しのきょうだい

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ハ、ハラが空いたからと言って、何でもかっ食らっていればいいというものじゃない、と自嘲気味の声で、弟のジュンジ(小五)がさっきから言っているので、そ、そんな乱暴な言い方はおやめなさい、とわたし(中二)はおねえさんらしく注意した。 お腹が空いたから、何でも食べたい、でも少しは我慢もしよう、そんなぐあいの言い方をしていれば、そのうち運も向いてくるってものかもしれないわ、とわたしは諭してやったのだ。 「カッコつけんなよ」 とジュンジは笑う。 「姉キはいつも、そんな風だな」 そうかしらん、とわたしも笑って、お昼ごはんは何がいい? と訊いた。 庭の木の根元にどんぐりがいっぱいいっぱい落ちているから、そこいらの鳥とかに持って行かれる前に食べちゃわないか、とジュンジは提案する。 「ドングリ料理ねえ。でも、硬そうねえ。わたしたちは、リスでもないからねえ」 茶化してやる風、言ってやると、 「グツグツ煮るんだよ。そしたら、少しは柔らかくなって食べやすくなるよ。少しぐらい時間が掛かったってどうってことないよ。今日は日曜日なんだし、さ」 ジュンジは真面目にこたえる。 「でも、途方もない時間がかかりそうねえ。少し柔らかくなるのにだって」 溜息を付きがてら、わたしはあらがう振りをしてやるが、姉キが厭なら、僕がやるよとジュンジは乗り気を募らせる。 「じゃあ、いっしょに拵えようか」 わたしが頷くと、ジュンジはにっこり笑って、さっそく、庭のドングリを集めてきた。 アルミの鍋にぐつぐつとお湯を沸かす。グツグツとドングリを煮始める。 「この世界中で、ドングリの料理を拵えているきょうだいなんてのは、今のこの時この瞬間、僕たちだけかもしれないね」とジュンジは嘯くように言った。 「オーバーかもね、そんな言い方」 「そうでもないかもよ。そんな気が、僕はするよ」 ジュンジは目を細めて、鍋の中を見ている、見詰めている。 わたしも釣られて、そうする。 なんだか、シアワセだな、とふと思った。 1カ月ほど前のことになるだろうか。 朝、目を覚ますと、父も母もいなかった。 早朝のお散歩にでも二人して行っているのだろうとわたしは気にしなかったが、いつまでたっても、彼らは帰って来なかった。 「失踪したのかな」 目をこすりながら起きてきたジュンジは、寝ぼけたような声でそんなことを言ったが、その想像はまんざら見当はずれのものではないかもしれないとわたしは思った。 その1週間前の日曜日、クラスでいちばんの仲良しのマチコちゃんのパパとママも、突然、いなくなっていた。そのまた前の日曜日には、二番目に仲良しのコウタロウくんのパパとママも、いなくなっていた。 でも、マチコちゃんもコウタロウくんも、さほどシンパイなんてしていないという顔をしていた。親が揃っていなくなったって、どーってことない、ってそんなことは言わないけれど、自分達は、それしきの試練には平気のヘイザってノリでやり過ごさなくてはいけない、と彼らは言うのである。 「そうだよ。何てったって――僕達は、ふつうの子供じゃないんだからね」 「そうよ。わたしたちは――」 その先はわざわざ口にするほどのことじゃないと言いたげ、彼らは大人みたいにふくみ笑いをして頷き合った。 その話を、ジュンジにしてみると、彼は、姉キんとこもそうかよと気軽な言い方をして、実は自分達のクラスにも、おんなじようなことが起こっているのだと教えた。 この1ヵ月のあいだに、3組のパパとママが突然いなくなった――「よくあることだってさ」とジュンジはあくびまでしたげな顔で、 「仕方ないよ。何てったって、僕達は、ふつうんちのふつうの子供じゃないんだからね」 マチコちゃんやコウタロウくんとおんなじことを言った。 妖怪の子供であるからには、平気のヘイザで、やり過ごさなくてはならない、それは生まれつき僕達に課せられあ使命みたいなものなんだ、とエラそうな口を利く。 でも、わたしは頼もしさも感じていた。こんなことをどうということもなく、全くふつうに言える弟――なかなかの成長ぶりなんじゃない、と嬉しさが込み上げてきたのだ。 そう、両親が突然いなくなったって、わたしたちは平然と、平気のヘイザでいなくてはいけない。 だから、こうして、アルミのお鍋をグツグツとさせて、ドングリの料理を拵えているんだと思えば、わたしはなんだか、気持がおおらかになった。 そう、そう、そうなんだわ、とつぶやくままに、わたしは、いっそう、おいしいドングリ料理を拵えたくなった。 お鍋の中のドングリは、まだまだ煮えていないみたいだけれど、味付けの固形ブイヨンをポンポンと入れる。お醤油や料理用のお酒も、ジャブジャブと加える。 お味見をしてみると、うーんと何かが足りない。足りない味付けは何だろう、と首をひねっていたわたしは、すぐにも救われる。 お隣りんちの幼稚園生のタモッちゃんが、こんちはーと遊びにやって来たからである。 タモッちゃんは、幼稚園生で、いつだって笑顔がかわいい。 あんなちっちゃな弟がいたら、いいねとジュンジとわたしはいつも言っている。 家に上がり込んだタモッちゃんは、 「あのー、コレ、あげるー」と朝からおかあさんが焼いてくれたとの手作りのクッキーの包みを、健気に差し出す。 あら、ありがとう、とわたしはタモッちゃんの頭を撫でてやって、そのままススイとその顎の先を、くすぐるようにしてやると、タモッちゃんは、ますますかわいらしい笑顔になって、「イイにおいがするー」と小さな鼻をぴくぴく動かした。 「お料理を拵えているの、もうすぐ出来上がるから、タモッちゃんも食べたらいいわ」 わー、ありがとうともっと鼻をぴくぴくさせ、ついでにちっちゃな口をぱくぱくともさせるタモッちゃんはいっそうかわいらしく、カワイイカワイイ、きみは何てかわいらしい子なんでしょうとわたしは歌うようにつぶやきながら、いたいけなタモッちゃんの鼻のつまみ、そのまま、ちっちゃな口もふさいで、呼吸をできなくさせる。 「これって、妖術よッ」と叫ぶような口ぶりのまま、首を絞めると、みるみるタモッちゃんはちいさくちいさくなって、もう手のひらにすっぽり納まるほどになった。 わたしは何しろ妖怪の子供なのだから(タモッちゃんは違うけれど)、これぐらいのコトは、全く平気のヘイザでやってのけるのである。 「あっれー。姉キに先を越されちゃったー」 とジュンジが残念がっている。彼もおんなじたくらみを抱いていたらしい。 「もうすぐよ。おいしいドングリのスープが出来上がるわ。かわいいタモッちゃんのお味が利いてる極上品!」 どれどれ、とジュンジは、お鍋の中に入れて、くるくると掻き混ぜた親指の先を口に持って行って、味見をする。 「まあまあだけど、まだなんだかヒト味足ンない気がするなぁ」 「あら、そう?」 「そうだよ。もう少しね、濃い味付けが欲しいかな」 親指を、またくるくると宙で回して、残念そうなジュンジだが、その時、ピンポーンとチャイムが鳴った。 訪問者は、隣りんちのヒト。そう、かわいいタモッちゃんのご両親だった。 二人とも、青い顔をしている。 「どうされました?」 「ハイ。こちらにクッキーのお届け物をしたはずのタモツが帰って来ないので、様子を見に」 心配そうなご両親を見た瞬間、わたしは、よく来てくださったわ、とこころの裡でつぶやいていた。 「あらあら、ご心配には及びませんよ。タモッちゃんはちゃんとクッキーを届けてくれました。わたしや弟とおしゃべりなんかしていて、そのうち、ちょっと眠くなってきちゃったーなんて言って――そんな感じで、リビングのソファで、ほんとにちょっとウトウトしています」 すらすらとウソを並べて、どうぞどうぞとご両親を家の中へと案内する。 ジュンジもお見通しの様子で、ようこそと訪問者を迎えるが、わたしたちはちゃっかり目配せなど交わしていたりもした。 ご両親が我が子の姿を確認しようと、リビングに踏み込んだ途端、わたしはおかあさんを、ジュンジはおとうさんを、というぐあい、背後から、ちょこんとそれぞれの後頭部などに手を当てる。それしきのことで、妖術は果たされ、ご両親は見る見るちいさくちいさくなって、そのまま、ポンポンとお鍋の中へと放り込まれた。 「ホント、ジャストタイミングだったね」 「これで、イイお味付けが出来るってものね。一気に完成品かな」 「うん、大人のご両親なのだから、うーんと濃い味になるんだよね」 今度はわたしが、親指をお鍋に入れて、くるくると掻き混ぜ、お味見をする。 「ホント、イイ感じだわ」 「よかった、よかった」と歓び合うわたしたちであったが、ドングリはまだ硬い。 ジュンジがふっとつぶやいた。 「何だか、不思議だな」 「不思議?」 「うん、だって、こんなに妖術が使える僕達なのに、どうして、たかがドングリなんかにシクハックしてるわけ? かたーいドングリくんどもなんて、百発百中ですぐにも柔らかくできそうなものじゃない? あさめしまえって感じでさ」 「そ、それは」 わたしは一瞬口籠もり、こたえた。 「それは、それはやっぱり、まだまだわたしたちの修業が足りないからよ」 「あ、そうかー」 「パパとママが返ってきたらさ、ソコントコ、訊いてみようよ」 うん、そうだね、それがいいね、と頷くジュンジだが、あのひとたちはいつ帰ってくンのかなぁ、と心配そうな顔にもなる。 「そんな顔しちゃいけないわ」 わたしは姉らしく、叱った。 「なんてったって、わたしたちは妖怪の子供なんですもの。いつだって、どんな時だって、平気のヘイザでいなくっちゃね」 了解、とジュンジが頷くと、わたしも頷く。にっこり微笑み合う。 お鍋の中からは、ひっきりなしとってもとってもイイ匂いが漂ってくる。 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆   ――「この子達も、マダマダだねー」 ――「まあ、そりゃあ、まだまだ子供なんですからねー」 パパとママの声がする。確かに聞こえる。 帰って来たの? いつ? 問い掛けたいわたしだが、声は出ない。 お鍋の中から漂って来るばかりだったイイ匂いのせいだろうか、いつの間にやら、わたしはウトウトしていたらしい。ジュンジはどうなんだろう、と目を開けかけてみたが、視界が開けない。あれ? どういうこと? 辺りはどんよりと曇っているばかりで、全く何も見えない。そう、どんより、トロトロ。 わたしは、ハッとした。 このわたしは、お鍋の中にいるのだ! パパとママのせいだな、とすぐにも気付く。 妖術遣いの大先輩と言える彼らにしてみれば、我が子だろうが、妖術を使いたい時には、あっけらかんとも使う。 案の定、おねえちゃーんと頼りなさげなジュンジの声が間近に聞こえた。 ああ、あんたもそんな風なのね、パパとママに妖術を使われたのね。 これって、お仕置きかな オ、お仕置き? しかし、その声をかき消すほどにも、小さくはない声が一つ二つと耳元に聞こえても来る。 〝何の恨みがあって……〟 〝そうですよ。何の恨みがあって……〟 重なる声と声は、タモッちゃんの両親からのものだった。、 パぴゅ~とかわいらしい声も追随する。もちろん、それはタモッちゃんの声だ。幼いながら、彼も抗議している。 そう、彼らは、わたしとジュンジを怨んでいる。でも、わたしたちは、すでに今は仲間じゃあないかしらとの思いもわたしにはあった。なんたって、こうして、グツグツとドングリを煮るお鍋の中に、いっしょにいるのだから。 だが、彼らの悲しみは、すぐにも解消されることになった。 ごめんなさい、でした、と殊勝な声と共に、うちのパパが謝る声がしたかと思うと、タモッちゃんの両親とタモッちゃんは、お鍋の中から引き揚げられて、見る見る元通り――何事も無かった顔をして、我が家を出て行った。 さて、わたしとジュンジは、どうなるのか。 ――「もう、そろそろ、いいかしら」 おや、ママが、今度はわたしたちを、お鍋の中から引き揚げてあげようかしらみたいなことを言っている。 ――「まだまだ、だな。もう少し、鍋の中にいさせることが、あの子達の修業になるってものさ」 ――「そうかもね」 あーあ、とわたしはため息を付く思い。 おねえちゃーん、とジュンジもわたしに抱きついてきた。 「も、もしかしたら、僕たち、このまんまなんじゃないの?」 「このまんま?」 「うん、このまんま、このお鍋の中から脱出できなくて、パパとママに食べられるだけとか」 「そんなことまでするかしら、あの人たち。なんたって、わたしたちはあの人たちの子供なのよ!」 「でもなぁ、妖術遣いの親と子供、そこには哀しいウンメイってのが待っていても……」 ジュンジが急に大人びた声を洩らすからには、わたしも不安になった。 「チカラを合わせよう!」 わたしは、突然宣言した、何だか知らないが、声が出た。 「そうよ、合わせて、このお鍋から脱出するのよ」 「そんなこと、出来ンのかい?」 「出来なくても、出来るようにするのよ。だって、わたしたちは……」 「うん」 そう、わたしたちは、妖術を使う妖怪の子供なのだから。 とは言え、わたしもジュンジも、こうやればこうなるというぐあいの妖術なんて思い付くことは出来ない。修業不足の憂き目を感じるばかりで、時間が過ぎて往く。 ぐつぐつぐつ、その間にもいっそうコンロの火が強められたのか、お鍋の中は煮えたって来る。わたしとジュンジの周りで、ドングリどもが、くるくるともコロコロとも舞うようにして煮られていくのが判る。 わたしとジュンジは、とうとう、揃って気絶した。 ――「あーあー、きみたちもマダマダってとこだね」 ――「ホント、ホント。まだまだ修行の道は続くのね」 タメ息まじりの両親の声――。 あ、助かったんだ、とホッとするわたしの横に、ジュンジもいた。 ナンノカンノと親は親、彼らは子供を食べたりせずに、それこそとっておきの妖術を御遣いあそばし、お鍋からの脱出を果たさせてくれたらしい。 ありがとう、と思わずわたしが言うと、アリガトとジュンジも倣う。 お帰りなさい、と両親は微笑むばかり。 どうやって、自分達を救ってくれたのか、と訊くと、ソンナコトはカンタンに教えられるものではない、これからきみたちが妖術を使える妖怪としての修業をしっかり積んでいくことでそれは習得できるものなんだと冷静に諭した。 ――「頑張るんだよ」 口を揃える両親に、ハイわかりましたと私もジュンジもこたえた。 「それにしても、パパとママは、どこに行ってたの?」 ジュンジが訊いた。 ――「遠いところだよ」とパパがこたえた。 ――「そう、でも、遠いところだけど、近いところでもあるのよ」 母がまた微笑んで、謎めかせるように言った。 あー、二人ともかんたんにはやっぱり教えてくれないんだな、と私は悟った。 遠くて近い――男の人と女の人の仲みたいなものなのね、とそれくらいのことしか言えないわたしは、まだまだ子供というしかなかったのだろう。 ――「さあ、久しぶり、親子4人、家族がお揃いしたのだから、食事にしましょうよ」 ママが張り切った声で言った。 ――「そろそろ、ドングリさんの料理も出来上がっているというあんばいだ」 パパはお鍋の中を、おタマで掻き混ぜ、どれどれとドングリの1個を掬って取り出し、味見をする。 ――「うん、なかなかのお味だ」 「ドングリさん、柔らかくなってる?」 ジュンジが訊くと、パパはすなおに頷き、さあ、きみたちも食べなさいと勧めた。 ――「おいしいわ。ホント、なかなかのものだわ。あなたたち、よくやったわ」 ママが褒めてくれるので、私もジュンジも苦労のカイがあったと胸をなでおろし、これからも妖術遣いのための修業をちゃんとやって行きますと改めて誓った。 「それにしても、お隣りさんのおかげってこともあるよね。なんてったって、タモちゃんも、タモッちゃんのおとうさんもおかあさんも、お味付けに協力してくれたったわけだからね」 ジュンジが、いくぶん済まなさそうな顔で言った。 ホントにそれはそうね、とわたしも頷く。 すると、パパとママが、ハハンとまた微笑むような表情を浮かべた。 ――「きみたちは不思議なことを言ってくれるものだね」 ――「そうね、そうね」 「不思議?」 ――「そうだよ。だって、お隣りのタモッちゃんも、タモッちゃんのおとうさんとおかあさんも、疾っくに亡くなっているだろう。覚えていないのかい、ほら、おととしの春、ご不幸にも、家族そろってのハイキングの帰り、乱暴な運転をするダンプカーにはねられてね。きみたちは、お葬式にも行ったんだよ」 わたしとジュンジは、ポカンとするしかなかった。 でも、すぐに、そんな間抜けな顔はよしにして、「いただきます」と手を合わせて、ママがお皿に盛ってくれたドングリのお料理を食べ始めた。 1個目は柔らかく、すんなりと食べることが出来た。 2個目は、ちょっと硬い。それでも、何度か噛むと美味しさが口の中に広がった。 ジュンジも、「おいしいおいしい」と食べている。 「ごちそうさま」――食べ終わったわたしとジュンジは、目を疑った。 今の今まで、同じテーブルにいて、一緒に食事をしていたパパとママの姿がない。 あの人たちはまた当分の間、帰って来ない――すぐにでも悟らされずにいないわたしたちだったが、もう驚いたりはしない。 まだまだ修業ってものが、そう、修行が続くってことだね、と頷き合い、わたしとジュンジは、食事の後片付けを始めた。 ところが、ジュンジは、また、こんなことを言うのである。 「おねえちゃん、僕って、また、お腹が空いちゃったよ」 「あら、今、食べ終えたばかりじゃない。ドングリのお料理」 「うん、そうなんだけど。でも、やっぱり、お腹がまた空いちゃってる」 仕方のない子ねえ。わたしは姉らしく、鷹揚に微笑みながら、さて、弟のお腹を満たす次なるお料理は何にしようかしらと考える。すると、自分のお腹もまた空いてくるのが、判った。 「あら、わたしも、そんな気がしてきたわ」 「そうだろう」 わたしとジュンジは見つめ合う。そして、うふふんとお互いを抱きしめてやるポーズをする、してみるばかりだった……。
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