1 戦争前夜

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1 戦争前夜

 わたしが戦争に駆り出されたのは戦端が開かれてから3か月後であった。  戦況は膠着し、小規模な戦闘が散発的に起きては前線が一進一退をくり返す、そんな泥沼に陥った状況だった。喜んで参戦したいタイミングではなかった。  訓練は苛烈を極めた。想定される戦場がシステムダウンした恒星間宇宙船内部のため、ちょっとしたミスが即、命取りになる。いっぽう閉鎖系であるアルファコロニーでは、人命は超のつく貴重品である。それを贅沢に消費しようというのだから、おのずから訓練にも力が入る。 「いいかきさまら」鬼軍曹の倉本隊長は怒鳴ることで報酬を得ているというもっぱらの噂だった。「きさまらは財産だ。俺たち先達が手塩をかけて育てた芸術品だ。絶対に死んではならん。そのために今日は真空下を生き抜く七つの鉄則を教えてやる」  背の高い青年が挙手した。「軍曹殿、質問があります」 「なんだ、アーミテイジ訓練生」 「自分たちが貴重な財産なら、なぜ戦争に送り込むのでありますか」  トレーニングルームに戦慄が走った。間違いなく、アーミテイジとやらいう男は肉塊になる。 「きさま、歴史を履修しとらんのか? わがアルファコロニーはいまどんな状況だ、言ってみろ」 「わがコロニーは当初恒星船として母星を出港し、ターゲット星系目指して旅立ちました。出港から250年後、推進系システムにバグが発生し、指向性の精度が顕著に低下、目的地への到達を諦めたのであります」  軍曹は鷹揚にうなずいた。「本船は漂流ののち、現在地で停滞を余儀なくされている。その理由はわかるな」  金髪の小柄な女子訓練生が挙手した。「中性子星の重力摂動に捉われたからであります」 「その通りだ、アビゲイル訓練生。われわれは中性子星から発せられる微弱なエネルギーを捕捉し、なんとか生き延びている。こんな生活は死んでないだけで、生きとるとは言わん」  軍曹のお説教は果てしなく続いた。訓練生たち全員が生まれたときから知っているような常識を、長々と垂れ流した。  アルファ号が囚われの身となってから100年後、別の恒星船――すなわちオメガ号が似たような事故で漂流してきて、同じ中性子星に掴まったこと。最初に仕掛けてきたのは敵側であること。双方ともに閉鎖系であるため、いつかはエントロピーの増加によって生活が破綻すること。エトセトラ。 「そして第三の犠牲者がいま、この宙域へやってきた。調査の結果、内部の人間は死に絶えていることがわかっている。おそらく大気の再利用系に不具合が生じたのだろう」  それ以上軍曹は続けなかったが、言外にこう匂わせているのは明白だ。〈動力系は生きており、核融合炉を接収すればアルファコロニーの再飛翔に一役買うはずだ〉 「むろんオメガの連中も同じことを考えている。〈幽霊船〉へはわれわれの調査隊が――まあ、僅差でだが――先に到着した。したがって所有権はこちらにある」軍曹は喉も避けよとばかりに絶叫した。「オメガのやつらを一人残らず〈幽霊船〉から排除しろ!」  その日、訓練生たちは真空下で生き延びる七つの鉄則を叩き込まれた。
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