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希望の晴れ
*
「エイプリルフールって、苦手なんだよね」
近くの螺旋階段を上って行き着いた所は屋上。
泣き腫らした目を伏せて、東坂さんはポツリと言葉を落とした。
『僕の前では……我慢しないで』
―――約10分程前、
必死に涙を耐えていた彼女へ、そう投げ掛けて泣かせたのは僕だ。
きっとここ数年の間、東坂さんは人前で涙を晒してこなかったに違いない。僕もまた、彼女とこうして対面するのは久方ぶりだった。
だから、また思う存分泣かせてあげたくなった。
「だって、嘘だと思いたくても無理なんだもんっ」
「………」
「私だってっ、こんなの、嘘であってほしかったのに! ねえ、誰でもいいから嘘って言ってよっ。お願いだから……っ」
「っ……」
―――取り乱した。
支離滅裂に喚き出す彼女。僕は酷く狼狽えた。
まるであの日―――東坂さんと初めて会った時の、凄まじい衝撃が再び襲いかかってきたかのような感覚に陥る。
正直、4月1日の東坂さんと出会うのは今日が初めてだ。
毎年彼女は、どんな気持ちでこの日を迎えるのだろうか。きっと微かな希望を持って、朝起きるのだろう。大切な人の死を受け入れたくなくて、嘘であってほしいと願うのだ。
しかし、その祈りは決して届くことのない河清。
そして彼女は、エイプリルフールに浮かれた世の鮮やかさに……絶望する。
あの頃から変わらない、一向に癒えぬ彼女の傷心。
対する僕はあれから成長して……背丈も心も、昔よりずっと大人になったはずだ。あの時は伸ばせなかったこの指先も、今なら届く。
―――なのに。
実際の僕は、彼女に寄り添うことは愚か声を上げることも出来ない。自分の不甲斐なさに、握りしめた両手へ己の鋭い爪が深く食い込んだ。
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