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「ごめん、僕嘘吐いた」
沈黙が続く中、決死の思いで漸く吐き出した一文。
他に何を言えば良いのか、情けないほどに分からなかった。気の利いた言葉も慰めの言葉も、何一つ浮かばなくて……。それどころか、僕は彼女へ最低なことをしてしまったという、罪悪感に苛まされた。
結局は自分も、東坂さんのことを何も理解できていなかったのだと、やるせない気持ちが心をじわじわと満たしていく。
―――きっと、嫌われた。
そう思っていたのに…―――
「……前日から念入りに準備する人、初めて見た」
十分な間を置いた後、微かな微笑を帯びた声が耳を擽って僕は思わず目を見開いた。いつもの明るい笑顔ではなく、無理矢理の空元気でもない。
「ハルくんって面白いよね。……昔から」
そこには目を細めて雅やかに微笑う、東坂さんの姿があった。美しい、と思うと同時に過去の記憶がみるみると蘇る。
―――そうだ。
あの頃の僕たちには会話が殆ど無かったが、偶に話す時があった。それは互いの気まぐれで、でもその時間を僕は大切にしていたのだ。
少しでも東坂さんに笑ってほしくて、何か話せるようにと毎日面白いネタを集めていた。我ながら、中々に健気な子どもだっただろう。
「……そんなことないよ」
思い出して懐かしく思うと伴に、恥ずかしさが襲ってきた。僕は、風に吹かれてほぼオールバック状態になっていた前髪を慌てて撫で下ろす。
「あ、なんで隠すの? ハルくん、顔綺麗なのに」
「……!」
下から覗き込まれて、僕は「ひゅっ」と息を引いた。
距離が近づき過ぎて、呼吸の仕方が分からなくなりそうだ。僕を見据える彼女の頬はほんのり赤く、涙の跡が通っている。しかし、双方の瞳にはもう一粒の雫も浮かんではいなかった。
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