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「あのね、お母さんが言ってたの。
……いつも笑顔でいて、って。そしたら、幸せになれるよって」
僕から離れると、背を向けて空を仰ぎ出した東坂さん。
しなやかな腕が、重たい曇天を突き抜けるように真っ直ぐと伸びる。
そこで初めて、僕は彼女の大切な人の正体を知った。
物心ついた頃から母子家庭で育ってきた東坂さんは、母親のことが大好きだったそう。幼い自分のため、毎日一生懸命に働く姿に憧れを抱いていたのだ。
しかし元々病弱だった彼女の母は蓄積される日々の疲労に耐えきれず他界してしまう。それが、東坂さんが小学3年生になる4月1日のことだった。
そうして混沌とした状況の中、彼女は祖父母に引き取られる形で僕の住む町へ越してきたのであった。
僕はこの事実を知った途端、おびただしい羞恥に見舞われた。
なんせ今までずっと、彼女が言う「大切な人」を勘違いしていたのだから。てっきりその故人は東坂さんの想い人―――もしくわ恋人か何かだと、僕は勝手に盲信していた。
よくよく考えると可笑しい点も見つかる。だがそれ以上に、彼女がその人の話をする時の慈しみに溢れた表情が僕をそう誤認させたのだ。
彼女を見守る一方で心底に芽吹いた嫉妬心。
大切な人の正体が分かりホッとするも束の間、得体のしれない痛みがチクチクと胸中を支配する。
「あーあ。
でも、失敗だったね。……ハルくんの今年のエイプリルフール」
「……ごめん」
悶々とし始めた僕の元へ、小さく囁かれた言葉。
失敗か……。
そうだね、結果的に僕は君を傷つけたのだから。
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