3月31日 曇り

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彼女の名前は東坂(とうさか)心雫(みな)。 どう、綺麗な名前でしょう。でも名前だけじゃなくて、東坂さんは全てが美しい。 同じ黒でも僕のそれとは違う、洗練された艶のある漆黒の髪。色白な肌は、まるで石鹸のような清潔さを漂わせた。蛍光灯の光は、頭上に天使の輪を描く。 黒髪も色白も僕と同じはずなのに、明るくていつもクラスの中心にいる彼女は、僕とは真反対な人間であった。 そんな東坂さんが「ハルくん」と呼んだ相手は、彼女の友だちではなく―――僕だ。まあ、ここに居るのは僕と彼女のふたりだけなわけだし、当たり前のことなのだが。 「あぁ、突然ごめんね」 「別に良いけど……驚いた」 僕の謝罪に答えると、彼女は「ふふっ」と声を出して笑う。それに安堵した僕は張っていた肩の力を緩めた。 「ハルくん」というのは、僕の小学生時代の渾名だ。 僕と東坂さんは、小学校からずっと同じ過程を進んできた。別に互いに示し合わせたとかそういう事情があるわけではなく、ただの偶然。 「訳分かんないこと言ってごめん。 じゃあ僕はもう帰るから。東坂さんは部活でしょ? 頑張って」 ―――これから部活なんて大変だな。 なんて、帰宅部の僕は呑気なものだ。しかしこれでもこうしてきちんと春季講習に来ているのだから、今頃悠々と春休みを謳歌している奴らよりはマシだろう。 「え、もう帰るのっ? 待って、私全然意味分かってないんだけど?!」 混乱した東坂さんの声を背に受けながら、僕は昇降口へ向かう。 だけど少し心残りがあって、僕の歩くスピードは自然と落ちていった。自分の足音が止んで、僕と東坂さん―――ふたりの空間が静寂に包まれる。 そして僕はゆっくりと口を開いた。 「明日は、晴れるよ。……僕を信じて」
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