心の雫

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なのにどうして―――。 東坂さんの転入から2週間が経過し、彼女の存在がすっかりクラスに馴染んできたある日。僕はとある光景に目を見張ることとなった。 なんと東坂さんが泣いているのだ。 それも一人突っ立って。更に言うなれば、よりにもよって僕が入り浸っていたで、だ。 小学校の図書室は規模の小さい校舎の割にやけに充実しており、とても心地の良い空間だった。そして給食後、他の子どもみたく校庭を駆け回る気力の無かった僕は、昼休みを毎日のように図書室で過ごしていたのだ。 室内よりも外を好む小学生はあまり寄りつかない図書室。僕以外には滅多と誰も来なかったから、彼女の泣き声には直ぐ気づいた。 最初はあまりの状況に目を背けてしまった。 大方、友だちか何かと喧嘩でもしたのだろうと気にも留めなかった。人気者の彼女に、僕が何かできるはずもないし。逆に自分の存在に気づいてないであろう彼女に、自ら声をかけるのは迷惑になるだろうと考えた。 『どうしたの……?』 けれど数日後、僕は彼女と話すことになる。 理由は簡単だ。次の日も、そのまた次の日も……あれから数日間、彼女は昼休みの度に図書室へ来続けたのだ。そして必ず泣いていく。 さすがの僕も我慢の限界だ。 見るに堪えなくなって、恐る恐る彼女へ問いかけた。 僕の問いに彼女は「大切な人が亡くなった」のだと、そう言った。彼女からしたら突然現れた僕。もっと驚くのかと思っていたのに、どちらかと言うと僕へ縋るように近づいてきた東坂さん。 『心がね、泣いてるの。止まらないの。 ……あぁ、早く、晴れてほしいな……っ』 そう呟くと、グシャっと表情を崩した。 僕をジッと見据えるその大きな瞳からは、数多の雫が溢れ出ている。たぶん我慢しているのだろう。眉を下げて泣いているのに口角は上がって笑っている、歪な表情(かお)の完成だ。 この時、僕の純粋無垢だった幼心が彼女の拙い言葉によって一瞬にして抉り取られた。それは今でも鮮明な記憶として、脳の片隅に張り付いている。
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