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連休最終日に見た夢。
四人家族の設定。
父(私)、妻、娘、息子(赤ちゃん)。
私たちは中古物件の内見に来ていた。
仲介業者に連れられてきた家は、入る前から平屋で大きな家だな、と驚く物件だった。
敷地内に足を踏み入れようとした時だった。
プルルル プルルル
仲介業者の携帯電話が鳴る。
「あ、すいません。ちょっと電話に出るんで、ご自由に中をご覧になってください」
仲介業者は私に鍵を預け、離れた位置で通話し始めた。
受け取った鍵を手にして、私たちは敷地内に入る。すると、何ともいえない違和感が。
「なんだ? なんか変な感じがする」
私たちの狼狽えに気付いた仲介業者が、携帯電話の口元を抑えて離れた位置から叫ぶ。
「あ! 言い忘れました! その物件、一度入ると“ある条件”を満たさないと出られないんです!」
「なんだそれ! 聞いてないぞ!」
「まあまあ、落ち着いて。とりあえずじっくり内見してみてください!」
反論しようとする私を無視して、仲介業者はまた通話に戻ってしまった。
出られないものは仕方ない。とりあえず私たちは内見する事にした。
建物の内部は、外見からの想像より、更に広々としていた。
真新しいフローリング、最新のシステムキッチン、白の清潔感ある壁紙、タンスなどいらないと思うほどの多数の造り付け収納。
ピコン
仲介業者からメールが入る。
[前の家主さんは次の家で最新家具を揃えるので、今あるものは全て使って良いそうです!]
私がメールを読み上げると、妻は目を輝かせて喜んだ。
「ここにある物自体、最新モデルだよ!? これ全部私たちの物!?」
「いやいや、まだ住むと決めていないでしょ。まだ全室見てもいないから、じっくり考えようよ」
そう言って妻の興奮を抑え、私は窓の外を見た。すると、驚く事に窓の外は海が広がっているではないか。海岸沿いに建っているとか、海のそばの岩壁に建っているとか、そういうレベルではなく、敷地を越えると海なのだ。
もう浮き島のレベル。
「……だめだこりゃ。こんな所じゃ安心して住めない」
天気は曇り空。これから荒れてきそうな波の揺れを見ながら、早々にここから出る事を考える。
家族にその旨を伝えようと振り返ると、家族はまだ見ていなかった1番奥の部屋のふすまに手をかけていた。
「開けるよー?」
言うと同時に、妻が勢いよくふすまを開ける。
それまで見てきた部屋とは比べ物にならないほど大きく、奇妙な部屋だった。
入ってすぐ、まず大きな祭壇が目に入った。
部屋の奥は、等間隔で壁や柱の雰囲気を変えてある。バロック調だったり、コロロ調だったり、古民家の造りや、神社などを手がける宮大工の仕様もある。
「何だこの部屋……」
ピコン
私が呟くと、それが聞こえていたかのようにメールが鳴る。
[奥の部屋はお義母さんのお部屋だそうです! なんでも色々カスタマイズするのが好きな人だったそうで、好きに作り替えていたようです! 祭壇はお義母さんの仏壇だそうです!]
「「えー!!」」
仲介業者のメールに、私と妻は同時に絶叫した。
「仏壇置いてかれちゃ困っちゃうよぅ……」
「どんなにいい物件でも、これは受け入れられないなぁ……」
流石にこの物件は無しだね、と夫婦で話し合っていると、「ねぇねぇ、来てー」と娘が私たちを呼ぶ。
娘は家主の置いていった仏壇の横に立っている。娘の指差す先、仏壇の脇をのぞき込む。
私たち夫婦は、今度は声すら出せず驚愕した。
……赤ちゃんがいる。
ぷくぷくとしたまん丸の赤ちゃんが座っている。うちの息子はよちよち歩きを覚えた位の月齢だが、この赤ちゃんはお座りが安定してきた位の月齢だ。
でもデカい。
息子がよたよたと近づき、知らない赤ちゃんに抱きついた。立っている息子より、座っている赤ちゃんの方が大きい。
私は慌てて仲介業者に電話した。
「もっ、もしもし! あの、赤ちゃんが居るんですけど!?」
『あー、その子もいらないってことで置いていかれました! オプションです!』
あほかー!!
「あの、あのですね、こんな非常識な」
『あっ、すいません! 次のお客様が来ちゃったんで、ちょっとそっちご案内してからまた来まーす!』
強引に通話終了され、静まり返ったスマホを、呆然と眺める。
どうしようか……。
「ね、ねえ、あれって実際にあるのかな?」
妻が私の袖をつんつんと引き、壁を指さした。
見ると入ってすぐ右側の壁に、ミントグリーンのペイントが。
この部屋には似つかわしくないほどポップなペイントは、アイスクリームショップの広告風になっている。
アイスクリームショップの名はrinko shop。リンコさんがやっているのか。
よく見ると、ペイントの隅に電話番号がある。
とりあえず電話する。すると“現在使われておりません”の機械音声が流れる。
「ねえパパ、あっちのアドレスはどう?」
妻が電話番号ではなくrinko shopのアドレスLINKを指さす。
そちらを検索したら、ホームページがでてきた。
ダメ元で「赤ちゃんが残されています。すぐ迎えに来てください」とメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。
[その子は、忌むべきものを口に入れて鬼子となってしまった子です。私の手には負えないので、結界の中に置いてゆきました。どうかそのままにしておいて下さい]
「そのままに、って言われても……」
赤ん坊は無表情で、私たちを見上げている。大きな瞳は赤く、炎のように揺らめいている。
忌むべきものを口に入れたとは、なんの事だろう。
スマホで(食べられない・忌むべきもの)と検索をかけようとした時、仏壇の周りを見ていた娘が声をあげた。
「お父さん、これって何かな? 何かの暗号みたい」
黒塗りの祭壇の横の柱に、簡略化されたイラストが付いている。
∴ ⤵ U ((U)) ○← ⊙⊙
「何だこれ?」
首を捻る私に対し、娘は「初めのイラストは粉かな? これかな?」
と、燃え尽きた線香の跡が残る灰を指さした。
確かに粉っぽいものはこれしかない。
キッチンに粉のようなものがあるのか探しに行った妻が、「これしか無かった」と、プラスチックの軽量カップを持ってくる。
「あ! 私分かったかも!」
娘は妻の持ってきた軽量カップに灰を入れ、カップを左右に振りはじめた。
すると中の粉は液体に変化し、透明だったカップが赤黒く変色してゆく。
「変な色になっちゃった……」
自分の考えが間違ったのかと落ち込み、娘は汚れた軽量カップを覗き込んだ。
「……やっぱり合ってたみたい」
コレ見て! と娘から差し出された軽量カップを覗くと、赤黒いモヤがかかった奥に、映像が見える。
祭壇に横たわる異形のモノ。腐敗しているが、どうやら鬼のようだ。
崩れて剥がれた肉片を、小さな手が掴む。赤ちゃんは赤い和紙のような肉片を拙い仕草で何度か握る。だがやがてそれは指しゃぶりの要領で口元へ運ばれた。
ズルッと吸い込まれるように口に入ると、赤ちゃんが大きく痙攣した。過去の映像だとしても、冷や汗が出る。
画像は赤ちゃんの口元を大きく映し出し、大型肉食獣に似た牙が生えた所で徐々に消え、汚れた軽量カップだけが残された。
仏壇と言っていたが、実際はなんの為に使われたのか。禍々しい気は、残された赤ちゃんよりも仏壇の方から漂う。
視線を上げ、さてどうしようか、と悩んでいると、道路に面した窓の外で、チラチラと何かが動く。素知らぬ振りをしつつ様子を伺うと、生垣の向こう側にいかにも怪しい、黒いサングラスを掛けた男が2人が見える。
あいつらを捕まえたら、この家の秘密が分かるだろうか。
生垣に隠れて近づき、内側に引きずり込んでやろう。私は妻にだけ説明し、玄関から外へ出る。
体勢を低く保ち、少しづつ男たちへと近づく。
何故か、私の気持ちは激しく高揚していた。腕は筋肉が隆起し、血管がうきあがる。激しく打つ鼓動や、目が血走っているのも気付いていた。
早く捕まえたい。生きていようが、死のうが構わない。早く肉を掴みたい。
獲物の男たちが射程距離に入った。私は高ぶる気持ちを冷静に抑え、一気に腕を伸ばした。
****
……って所で目が覚めました。
いちばん初めの、敷地から出るための“ある条件”ってなんだったんだろね。
もうちょい見たかったなぁ。
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