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 私は自宅の1階のリビングに居た。  家族の姿は見えない。時刻は、室内の明るさからして午前10時頃だろうか。 「ねえ、ここにヤモリがいるの。知ってた?」  私の背後、腰の辺りから幼い声がした。振り返ると5歳くらいの男の子が私を見上げていた。  ほら、と子供の指が示す先を追う。確かにフローリングの床板の上に小さなヤモリが1匹いる。  私たちの視線に気付いたのか、ヤモリが逃げる。 「あっ! 逃げちゃう! 追いかけないと!」  子供に促され、私もリビングから廊下へ行く。カメラのアングルは床ギリギリで、裸足で歩く私の踵が映し出されていた。 「ほら、この下に入っちゃったよ」  子供が四つん這いになって戸棚の下を指さした。  戸棚には脚が付いていて、下には数センチ程度の隙間があった。  ヤモリにそれほど興味はなかったが、子供が必死で探すので、私も膝を床につけ、四つん這いで戸棚の隙間を覗く。  戸棚の下は暗く、何も見えない。もうヤモリは居ないかもしれない。  居ないなら居ないで、そこまで追わなくてもいい。そう頭を上げようとした時。 「よく探して!」  子供が私の頭を床に押さえつけた。  「やめろよ」と言っても、子供は嬉しそうに、私の頭に体重を預ける。  頭の上から無邪気な笑い声が響く。小さな手に押さえつけられる私の後頭部が画面に映し出される。子供は左手で私の頭を押さえ、右手には鉛筆を握りしめていた。  くすくすと笑いながら、男の子は私の首、(ぼん)(くぼ)に鉛筆を突き立てようとする。 「おいっ! やめろ!」  動きを封じられたまま、私は叫ぶ。必死で腕を回すが、子供に届かない。子供はひたすら楽しそうに、声を荒らげるだけで何も出来ない私を嘲笑っていた。 ***  けっこう怖かった。  えんぴつは2Bでした。小道具にこだわりでもあるのかね?  私の夢には5歳くらいの子供がよく出てくる。けれども、いつも見知らぬ子だ。いったい何を意味しているのだろうか。
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