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「良く戻った、用心棒」
村に戻った慶次は、休む間もなく村長の家へと連れていかれた。村人が集まり、会合が開かれている。
「何が、良く戻っただ! こっちは、化け物に食われるところだったんだぞ。奴の能力、黙ってただろ。用心棒の一人や二人、死んでも知らねえってか!」
「黒穴が口を開いて、生きて帰った者はおらん。言っても仕方なかろう。おぬしが、最初の一人じゃ」
豊かな白ひげを蓄えた老人が、この村の長()。
「ふざけるな――」
慶次は立ち上がって、村長に殴りかかろうとした。
「お待ちください」
透き通った美しい女の声が、慶次を制した。
「お加代……いたのか」
村長を囲んで座る男どもの背後に、彼女を見つけた。
「約束は守ります。だから、お願いします。村を救ってください」
正座をして両手をつき、床に深く頭を下げるお加代を見ると、慶次の怒りは収まっていった。
「黒穴を倒したら、この子をお前の嫁にする。そういう約束じゃったな」
放ろうを続けていた慶次は、偶然、近くの森で獣に襲われていたお加代を助けたのだ。
礼をしたいというお加代に連れられて、村を訪れた。
そして、腕を買われて怪物退治を依頼されたのだ。素性が知れない侍に頼らないといけないほど、村は追い込まれていた。
「約束は守ってもらうからな。ただし、隠し事はなしだ。あの化け物について知っていることを教えろ。全てだ」
「多くは分かっておらん。現れたのは、遥か昔。週に一度、山頂の広場に野菜や肉などの食べ物を供える。そして……一年に一度、満月の夜に、村の生娘を捧げるのじゃ。これを続けておれば、黒穴は村を襲わん」
「娘を人柱にするなんて時代遅れ。戦って倒せばいいだろ」
「やってきたわい!」
村長が額に血管を浮かせて怒鳴った。怒りは、慶次にではなく、自分たちの不甲斐なさに向いているように見えた。
「今年の人柱が、お加代ってわけだな」
「どこの馬の骨か分からん男に嫁がせるのは心外じゃが、まだましじゃ」
「ストレートに言ってくれるねえ」
慶次は気分を害した様子はない。むしろ、楽しんでいるようだ。
「対峙してみて、勝機はありそうか?」
村長が椀に酒を注いで慶次に差し出す。
「グッドなアイデアを思い付いた」
慶次は酒を一口で飲み干して、不敵に笑った。
「奥の手……秘密の必殺技がある」
「ほう、必殺技だと」
村長がいぶかし気に首をかしげる。疑っているようだ。
「一呼吸の間に、千回もの剣を振るうことができる『千斬剣()』。さすがの化け物でも、その速度で切られたら、回復はできまい」
そこに、村人の一人が会話に割って入る。
「そんな凄い技を振るう様子はありませんでした。私は近くで見ていましたので断言できます」
慶次はその村人の方へ体を向けて、鋭く睨みつけた。
「見ていた……だと? 周囲に誰もいなかったぞ」
「秘密を明かしてくれた以上、我々も手の内を見せねばなるまい。この村にも秘術がある。その名は『木の葉隠れ』じゃ」
「弱そうな名前だな」
「見せてやれ」
村長は鼻先で指図した。
村人は立ち上がり、腰に下げていた袋から小さい豆を取り出した。
「よく見ておけ、用心棒」
そう言うと豆を口に入れて、カリっと音を立ててかみ砕いた。
一瞬の出来事だった。村人は小さな煙を上げて消えた。抜け殻となった着物が床に落ちる。
そのあとに、一枚の木の葉がヒラヒラと舞っていた。
「おっ、すげー! この葉っぱが、村人か?」
「そうじゃ。その姿でお前を見張っておった」
慶次は床に落ちた葉を手に取る。
「傷つけるなよ。戻った時に大変なことになる」
「どうやって、元に戻るんだ?」
「強く祈れば戻れる」
その直後に、葉は白い煙をあげて村人に戻った。
「森で化け物に襲われたとき、この術で幾度も逃れてきた。弱気き者の生き方ってわけじゃ。では、おぬしの必殺技について教えてくれ」
慶次は、村長を信じることにした。
「なぜさっき、使わなかったか。それは、準備がいるからだ。まず、結界を張る必要がある。術をかけたコケシを正方形に置く。その中でしか技は使えない。そして、気を貯める必要がある。時間にして三十秒ほど。その間に攻撃を受けてしまうから、一人では使えないってわけだ」
「なるほど、黒穴を結界におびき出した上、気を貯める時間を稼げばいいんじゃな」
「そういうこと。見事倒したら、約束通り……」
「あなたの妻となります」
お加代は淡々とそう口にした。嬉しそうには見えなかったが、慶次は気にしなかった。
その後、深夜まで作戦を練った。
決行は、一週間後の満月の夜。
お加代が、人柱として捧げられるその日に決まった。
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