1 内緒にしてあげる

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1 内緒にしてあげる

 思えば、無茶な約束をした。  親に相談したら、突然どうしたんだって、もちろん驚かれたし。  そういうところを目指すやつは、もうとっくに塾に通ってるだとか、俺の成績じゃ危ないだとか。  それでも、もう約束しちゃったし、意地になって勉強して、俺はなんとか受験を突破した。  といっても、繰り上げ合格とかいうやつで、かなりギリギリだったらしい。  遥も当然、受かってた。  そうでないと、意味がない。  首席だから代表で挨拶するんだって、電話で聞いていた。  勉強ばっかで結局会えなくて、遥とは1年半ぶりの再会になる。  あのとき口にした『好き』って言葉は、遥にどう思われてるんだろう。  入学式当日、受付の先生に名前を伝える。 「橘夏輝です」 「橘くんね。きみは1組で出席番号は6番だから、1番前の席、左から6番目に座って待っててください」 「はい」  体育館に入ると、すでに何人かは席についていた。  俺もまた、指定された席に座って、そのときを待つ。  入学式が始まって、先生が俺たちに向けた挨拶をした後―― 「新入生代表」 「はい」  遥の声だ。  間違いない。  俺は少し緊張しながら、舞台の上に目を向ける。  舞台脇から出てきたのは―― 「え……」  男子制服に身を包んだ遥だった。  パンツスタイルの制服を女子が着てもいいことにはなってるし、あれを男子制服って言っていいのかわからないけど。  思えばいつも、遥は中性的な格好で、スカートを履いていた記憶はない。  ただ、髪は肩につくくらい長くてかわいかったし、女じゃないかもしれないなんて、疑ったこともなかった。  いちいち確認してなかったけど、男……なのか? 「――今日ここに、入学できたことを嬉しく思います」  透き通った声。  身長は、だいぶ伸びたように見える。  あの頃とは違って髪が少し短いせいか、俺と同じズボンスタイルの制服を着ているせいか、中性的ではあるけど、ちゃんと男に見えた。  だんだん、自分の顔が熱くなってくる。  いまさらだけど、髪型だけで、女子だと思い込んでいた自分が恥ずかしくなった。  その上、俺は―― 「……以上。新入生代表、如月遥」  いつの間にか、挨拶を終えた遥が、おじぎをして舞台袖に帰っていく。  先生が舞台の上でなにか話している最中、3つ隣の空いた席に、遥が座った。  出席番号は、見た感じ男女別で間違いない。  そこに座った遥は、間違いなく男……だろう。  式が終わると、先生の指示で1組から順に体育館を出る。 「挨拶の子、かっこよかったよね」 「代表って、一番成績よかった子がするんでしょ?」  他のクラスの生徒が、そんな風に遥のことを話してた。  きれいだし、整ってるし、かわいくて、かっこいい……かもしれない。  それに加えて、進学校のトップだ。  そもそも勉強しにきてるやつらからしてみれば、頭のいい男は、さぞかっこいいだろう。  遥と会話をする隙もなく、先生に連れられて下駄箱に寄った後、1年1組の教室に辿り着く。  出席番号順に座らされると、男の先生が自己紹介を始めた。 「今日から1組の担任をする山岸だ。教科は数学を担当している。よろしくな」  ホワイトボードには、少し歪んだ字で山岸什造と書かれている。  あれくらい男らしい名前なら、間違えようもなかっただろう。 「明日には、クラス代表を決める予定だ。男女1人ずつ。やりたいやつ……やってもいいやつは、考えておいてくれ。推薦でもいい」  推薦たって、ほとんどのやつは初対面だろう。  でも遥なら、推薦されそうだ。 「机の中に、タブレットが入っているはずだ。タブレット内に席と名前を記載したファイルがあるから、確認しておくように」  机の中を探ると、カバーのついたタブレットが入ってた。  カバー内部には、操作方法が記載されている。  とくに生徒自ら自己紹介をしたりはしないらしい。  クラスは24人。  6番目の俺は、窓側から2番目、前から2番目の席だった。  出席番号3番の遥は、斜め後ろの席。  遥以外、知り合いがいない状態で、同じクラス、しかも近くの席だってのは、かなり心強い。  それでも、なんだか少し気まずく感じるのは、過去に伝えてしまった気持ちのせいだろう。 「詳しいことは、だいたいタブレットで確認できるが、なにかわからないことがあれば遠慮なく質問してくれ。今日は以上。さようなら」  先生が軽く頭を下げるのに合わせて、生徒たちもちらほら、挨拶をする。  先生が出て行くと、静かだった教室内が、少しだけ騒がしくなった。  タブレットをカバンにしまって、遥の席を見る。  遥の席には、数人生徒が集まっていた。  前の席のやつが振り返って、後ろのやつが身を乗り出して、隣の席のやつも、遥の方を向く。  それ以外に女子たちも、俺の視界を遮るようにしてそこにいた。 「如月くん、代表の挨拶、すごくよかったよ」 「いつから受験勉強してた?」  ここぞとばかりに質問されまくっている。  みんな同時期に入学してるのに、まるで転校生だ。  首席だからか、それとも小学生の頃から、遥は人気者だったのか。  俺は遥のこと、夏休みと冬休み期間中しか知らない。  真面目で、宿題を解くのが速くて、でもゲームはだいたい俺が勝つ。  外で遊ぶことはほとんどなかったから、運動は、苦手かもしれない。  甘いものが好きで、笑うとかわいくて―― 「……!」  俺は自分の考えを打ち払うみたいに、ブンブンと頭を振った。  もし……もしもだ。  俺が昔、遥に告白したことが、誰かにバレでもしたら、俺の中学生活は、しょっぱなから終わってしまう。  遥はそんなこと言わないとは思うけど、軽いノリで、冗談で、実はそんなこともあったとか、言ってしまう可能性もゼロじゃない。  そんなこと言ってみろ。  女と間違えるなんて最低だって、女子に叩かれるかもしれない。  男子にバカにされるかもしれない。  そもそも遥は、どう思ってるんだろう。  気まずいけど、とりあえず口止めするしかない。  どう話しかけようか。  そう思っていると、人だかりから出てきた遥が、俺の方へとやって来る。 「夏輝。久しぶり」 「え、あ……うん。久しぶり」  動揺した俺は、再会をうまく喜べず、ぎこちない挨拶を返していた。 「如月くん、その子と友達?」  何人かが、不思議そうに俺を見る。  俺の名前は、把握していないらしい。  自己紹介もしてないし当然だ。 「うん。小学生の頃から、よく遊んでて。ね」 「うん。まあ、そんな感じ」  小学校が一緒ってわけでもないし、かといって、いちいち説明するようなことでもない。  少しだけ、微妙な空気が流れた。  そりゃそうだろう。  ここにいるやつらは、遥に興味を持って、遥と話したいんだから。 「夏輝、一緒に行こう」  どこへ?  そう思ったけど、なんとなく遥がこの場から逃げようとしている気配を感じて、聞かないでおいた。  場所を口にして、誰かについてこられでもしたら面倒だ。 「わかった」  カバンを手にして立ち上がる。 「ごめん。ちょっと急いでるから」  遥は、みんなにそう言い残して、教室を出た。  俺も、遥に続いて教室を出る。  用事があったのか、引きとめて悪かったかも……なんて、声が後ろの方で聞こえた。 「……急いでるって……用事でもあんの?」  歩く遥の後ろから、声をかける。 「あるよ。久しぶりに夏輝としゃべる用事」 「それは用事じゃないだろ」 「用事だよ。しゃべってくれないの?」  振り返った遥は、俺を見てにっこり笑った。  作ってない笑顔。 「しゃべるよ。しゃべりたいこと溜めてたし」 「たとえば?」 「ゲームの話とか」  受験が終わるまで、勉強ばっかりだったから、やっと遥と一緒にゲームできるって思ってた。  どっちかの家に行くとなると結局遠いから、どこでやるかまでは考えてないけど。 「いいね、ゲーム。先生、学校のこと全然説明してくれなかったから、どこになにあるか探しながら話そう?」  遥に言われて、ふと思い出す。  俺の親と一緒に、何度か近くのショッピングモールに行ったけど、いつも俺が案内してたっけ。  俺の家の近くだからってこともあるけど、遥は地図を読むのが苦手なのかもしれない。 「首席が校舎で迷子とか、笑えないからな」 「首席じゃなくても笑えないよ。夏輝と同じクラスでよかった。移動教室とか、一緒に行ってくれるよね?」 「それはいいけど、俺もまだ場所覚えてないし」 「2人なら、迷っても安心だね」  1人で迷うよりはマシだ。 「とりあえず、図書室、行ってみるか」  いったん、立ち止まってタブレットを開く。  ざっと校舎内の案内図を確認した後、俺は遥と図書室に向かった。  図書室に向かいながら、ゲームの話をしていると、1年半ぶりだってことを忘れそうになる。  ただ、俺はやっぱり、どこか少しだけ気まずくて、ちょっと沈黙が怖く感じた。 「図書室、開いてないね」  遥が図書室の扉についてる窓から中を覗き込む。 「今日は、在校生もいないみたいだな」  俺たちの周りには、先生も生徒も、誰もいない。  言うならいまだろう。 「あ、あのさ。遥。小5の夏休みのこと……覚えてる?」  声をかけると、遥は振り返って、じっと俺を見た。 「遊んだこと?」 「……夏休み最後の日、俺が言ったこと」  もしかしたら、忘れてくれているかもしれない。  そんな俺の期待は、すぐに打ち砕かれた。 「覚えてるよ」 「……えっと」 「だから、受験してくれたんでしょ」  好きだから。  自分の発言を思い出したせいか、顔が熱くなる。  あのまま終わってしまうのが嫌で、あんなことを言ってしまったけど。  受験までして、無事に受かっちゃったけど、俺は大きな勘違いをしていた。 「遥って、その……男、なんだよな」  ものすごく、いまさらだと思うけど、念のため確認しておく。 「そうだよ」  遥は、俺の勘違いに気づいていたかもしれない。  もしそうなら、勘違いされて傷ついたかもしれないし、男の俺に告られて、混乱したかもしれない。  あのときも、電話でも、なにも言わなかったのは、ここでバラすつもりだったんだろうか。  わからないけど、やっぱりアレは間違いだ。 「ごめん。忘れてくれる?」 「…………え?」  遥は、よく理解できていないのか、小さく首を傾げた。 「だから、その……アレは、なかったことにして欲しいんだけど」  遥が言葉にしない以上、俺も『好き』という言葉を避けて伝える。 「……ボク、聞いたよね? あのとき、どういう意味かって」  あのとき、そこまで聞かれてなければ、そういう意味じゃないってごまかせたのに。  ごまかしようもないなら、忘れてもらうしかない。 「普通の友達として、過ごしたいんだ」  そもそもあの日まで、好きだとか、そんな風に考えたことなかったし。  とっさに言っちゃったけど、よく考えたら、きっと、そういうんじゃなかったんだ。 「ふぅん……」 「変な噂とか流れたら、遥だって困るだろ」 「そうだね……」  遥は少し考えるそぶりを見せた後、俺を見て、にっこり笑った。  悲しみを隠している笑顔じゃない。  だけど、心から笑っているわけじゃないのが伝わってくる。  ……やっぱり、女扱いされたこと、根に持ってるのかも。 「ボクの言うこと聞いてくれたら、誰にも言わない。内緒にしてあげる」  それって、言うこと聞かなきゃバラすってこと?  ひどい……なんて俺が言えるはずもない。  気づいてなかったとはいえ、俺は小1から小5まで、男の遥を女扱いしてきたんだから。 「わかった。言うこと聞くよ」
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