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2 楽しいのハードル
また俺は、簡単に無茶な約束をしてしまったかもしれない。
一通り校舎を見て回った後、遥と別れて家に帰る。
遥の言うことさえ聞いてれば、アレをバラされることもないし、平穏な学校生活を送れるはずだけど、結局、なかったことにはしてくれてない。
そもそも遥の言いなり状態で、平穏って言えるのか。
これって、普通の友達?
「ただいまー……」
玄関をあけると、何も知らないお姉ちゃんが、笑顔で出迎えてきた。
「おかえりー。はるちゃん、会えた? 首席だったんでしょ」
お姉ちゃんは、俺より4つ上で、俺と遥が1年のとき、もう5年生だった。
少しは一緒に遊んだりもしたけど、俺たちが3年の頃、中学に入ると、部活や学校の友達優先で、ほとんど遊ばなくなっていた。
「……知ってたのか?」
「なにが? 首席ってこと? なっちゃん、言ってたじゃん」
「そうじゃなくて、遥が……その、男だってこと!」
お姉ちゃんは、眉をひそめて、少し考え込んだ後、
「え……まさかはるちゃんのこと、女の子だって思ってたの?」
予想外の答えを返してきた。
「だ、だって……男だって言われてなかったし」
「なっちゃんだって、いちいち自分は男だなんて言ってないでしょ」
それは、言ってない。
言わなくても、間違えられることなんてなかったし。
だからって、もちろん宣言しなかった遥が悪いわけでもない。
「お姉ちゃんは、なんで男だって気づいたんだ? 女に、見えなくもないだろ」
「うーん。なんでって言われても……。しいて言うなら、隣のおじいちゃん、私じゃなくて、なっちゃんにはるちゃんのこと頼んでたでしょ。よろしくって。もし女の子だったら、私に頼みそうじゃない?」
たしかに、いくら年が離れてるとはいえ、女同士、お姉ちゃんに頼みそうだ。
「けど、そんなの、おじいちゃんの気まぐれかもしんないし、同い年の俺に頼んだだけかもしれないだろ」
「だから、しいて言うならだってば。逆に、なんで女の子と思ったの?」
「それは……」
髪は、よくいる男子と違って長めだし。
声も見た目も、かわいかったし。
それこそ、なんの疑いもなく女の子だと思い込んでいたから、ちゃんと考えたことはない。
「とにかく……今日、.男だって気づいたけど、勘違いしてたこと、怒ってるかもしんない」
「勘違いしてたって、言っちゃったの?」
「言ってないけど、男なんだよなって確認しちゃったから、わかってると思う」
男だってわかった上で告白したと思われても困るし。
「まあ、はるちゃんかわいいしね。それで、謝ったんでしょ?」
お姉ちゃんに言われて気づく。
一応、ごめんとは言ったけど、忘れてくれ、なかったことにして欲しいって、自分のことばっかり考えて、ちゃんと心から謝れてなかったかもしれない。
「軽く……ごめんとは言った……」
「謝ったんなら、はるちゃんだって許してくれるよ。そんなに気になるなら、もう一度、ちゃんと謝っときな」
お姉ちゃんは、なんでもないことのように言うけれど、事態はもうちょっと深刻だ。
なんせ、告白しちゃってるんだから。
もちろん、そこまでお姉ちゃんに言う気はないけど。
俺はいま、遥に弱みを握られてしまっている状態だ。
これから、遥になにを頼まれるんだろう。
翌日、俺が教室に入ると、すでに遥もきていて、何人かの生徒に囲まれていた。
あいかわらず人気者だ。
「やっぱり、クラス代表は如月くんじゃない?」
「立候補するの?」
そういえば、今日はクラス代表を決めるんだっけ。
どう考えても、男子の代表は遥だろう。
推薦されそうだし、立候補が他にいたとしても、遥が選ばれそうだ。
女子とはまったく話していないから、どんな感じかわからないけど。
俺は自分の席に着くと、タブレットでクラスメイトの名前と顔写真を確認することにした。
昨日、ほとんど見れてないし、少しくらい覚えておいた方がいいだろう。
そんなことを考えていると、
「おはよう」
遥の方から、声をかけに来てくれる。
「ああ、おはよう」
さっきまで、クラスの子たちと話してたと思うけど、どうやら切り上げてきたようだ。
「今日、クラス代表決めるってね」
「んー……遥、立候補すんの?」
「しないよ。夏輝は?」
「するわけないだろ」
ギリギリ繰り上がり合格の俺が、クラス代表なんて、できるはずがない。
繰り上がり合格だって知ってるのは、遥くらいだ。
合格発表の日、遥から連絡があって、その時点では決まってなかったから、流れで知られちゃったけど、これも、あまり人には知られたくないことかも。
繰り上がりが何人だったかまでは知らないけど、この学校でほぼ最下位の成績だったってことだ。
遥とは雲泥の差。
遥にいくらやる気がなくても、遥になってしまうだろう。
そう思っていた。
「それじゃあ、クラス代表を決めるぞ。立候補する人、手をあげて」
先生がそう言った直後、少しだけ周りがざわついた。
教室内を見渡すと、女子が1人、手をあげている。
おとなしそうな生徒で、自らクラス代表に立候補するような子には見えない。
人は見かけによらないな……なんてことを内心考える。
「渡瀬美織だな。推薦じゃなく、立候補でよかったか?」
「はい。 少しでもよりよいクラスになるように、力を尽くしたいです」
そんなお手本みたいなこと、本当に言う生徒いるんだな。
進学校で真面目な子が多いんだろうか。
小学校の頃は、なんとなく目立ちたがりやっぽい子が学級委員に名乗り出てたり、じゃんけんで決まったり、そんな感じだったから、少し新鮮だ。
「渡瀬以外に、立候補したい女子、いないか? 推薦でもいいぞ」
少し待つけれど、他に名乗り出る女子生徒はいない。
「それじゃあ、ひとまず女子は、渡部美織に決定だな」
みんな賛成するみたいに、ぱちぱちと拍手を送った。
「あとは男子だが……」
先生の視線が、遥の方に向く。
おそらく、見間違いじゃない。
先生すら、期待してるんだろう。
振り返って遥を見ると、遥はちらっと俺を見た後、手をあげた。
「如月、立候補か」
その言葉に、周りから「やっぱり」「如月くんしかいないよね」なんて声が、ちらほら聞こえる。
無言……でもないけど、圧力みたいなものを、遥なりに感じてそうだ。
でも、さっきはしないって言ったのに……。
「立候補じゃないです。推薦です」
遥がそう言うと、もともと少しざわついてた教室内が、さらにざわついた。
首席の推薦とあって、みんなが遥に注目する。
そんな中、俺は嫌な予感を感じていた。
遥の視線が、こちらに向けられる。
「ボクは、橘くんがいいと思います」
「なっ……」
やっぱり、嫌な予感は的中してしまう。
「橘くんって?」
「一番前の席の……」
「如月くんが昨日、声かけてた子?」
遥だけじゃない、今度はみんなの視線がこちらに向くのを感じた。
「いや、俺は……」
そんなのやる気ないって答えようとしたけれど、遥にじっと見られて、昨日のことを思い出す。
『ボクの言うこと聞いてくれたら、誰にも言わない。内緒にしてあげる』
そう、俺はいま、遥に弱みを握られている。
だからって、これはみんなが納得しない。
そう思っていたけど――
「橘くんは、人に合わせてがんばれる優しい子です。しきるのは……得意じゃないかもしれないけど、面倒見がよくて、橘くんみたいな子が代表だと、ボクは嬉しいです」
しっかり推されてしまう。
どう考えても、そんなこと人前で堂々と発言できる遥の方が、向いている。
遥に合わせて受験もしたけれど、みんなの前で発言するとか、考えただけで緊張しちゃいそうだし。
面倒見がいいのは、遥の親が近くにいなくて、おじいちゃんも歩くの遅いから、俺がしようって気になってただけ。
でも、嬉しいなんて言われたら――
「よく知らないけど、如月くんの推薦なら……」
「如月くんは、橘くんにやって欲しいって考えてるんだよね?」
「如月のこと、推薦しようと思ってたんだけど……やめた方がいいのか?」
なんだか妙な方向に、話が流れていく。
「他に立候補、もしくは推薦は、いないか?」
教室内がざわつく中、先生が少し大きな声を出す。
他に立候補はいないみたいだった。
遥自身、推薦人になったせいで、遥を推薦する人もいない。
誰も言わないなら俺が……!
「やっぱり、如月くんが代表の方が……」
軽く手をあげて発言する。
「ううん。ボクは、こういうの苦手だから、橘くんにやって欲しいな」
そこまで言われたら、もう誰も、遥がいいとは言えないでいた。
「それじゃあ、橘、やってくれるか?」
先生が俺に聞く。
「いや……みんな、納得しないんじゃ……」
「誰か、異論のあるやつ、いるか?」
答える人は、誰もいない。
こだわっていないのか、遥の推薦だからか。
わからないけど、断れない空気になっていく。
もうすぐ1時限目が始まろうとしていて、先生も、急かしたい気持ちでいっぱいだろう。
ちらりと時計を見ていた。
まるで俺が時間を使っているような気にさせられる。
「……みんながいいなら、それで」
すごくやる気のない感じに答えてしまったけど、周りはぱちぱちと拍手を送ってくれた。
「決まってよかったな。もちろん代表だけにすべてを任せず、みんな協力するように」
先生はそう言って朝のホームルームを終わらせると、急いで教室をあとにした。
これは、遥のいやがらせか?
落ち込みそうになったけど、
「橘くん、すごいね。首席の如月くんに頼られて」
隣の席の……安堂くんが、そう声をかけてきた。
昨日、遥にも声をかけていたし、あまり人見知りしない子なのかもしれない。
「い、いや……知り合いが俺しかいないだけだと思うけど」
「でも、信頼されてる感じだったよね」
安堂くんが、後ろの遥に視線を向ける。
遥は、俺たちのやり取りが聞こえていたのか、にっこり笑った。
「信頼してるよ。ね」
俺なんかが代表で、どうなっちゃうんだろうって思ったけど『首席に推薦されたやつ』ってだけで、少しは良く思ってもらえるのかもしれない。
それ以上、遥と話す隙もなく、1時限目の現国が始まってしまう。
授業は、とくに難しい要素もないし、いまのところついていけないってことはなさそうだ。
受験勉強のおかげで集中する癖がついたのかもしれない。
とはいえ、まだ初日。
もともとサボるつもりはないけど、気は抜けない。
その後、授業が終わると、俺はすぐ遥の席に向かった。
「おい、遥! なんで俺がクラス代表なんだよ」
「理由は、述べたはずだけど。夏輝が、人に合わせてがんばれる優しい子だからかな」
「それは……」
がんばれたのは、相手が遥だからだ。
「あ……それとも、好きな子のためじゃないとがんばれない?」
遥はわかりやすく、企むような笑みを浮かべてきた。
「ち、違うし……」
自分でも、なにを否定してるのか、否定しなきゃいけないのか、よくわからないでいた。
ただ、焦る俺を見て、遥は楽しそうに笑う。
「……遥が俺をからかって、楽しいのはわかった」
「ホントに、夏輝ならいいと思っただけなんだけどな」
遥にそう言われると、ちょっと調子に乗ってしまいそうな自分がいる。
まったくのウソとは思えない。
「まあ、いいけど。手伝ってくれるんだよな?」
「それはもちろん」
そんな話をしていると、後ろから声をかけられた。
「橘くん」
そこにいたのは、渡瀬美織……女子のクラス代表だ。
「渡瀬さん……」
「同じクラス代表だね。これからよろしく」
遥といて、遥じゃなく俺に声をかける珍しい女子もいるらしい。
クラス代表だからだろうけど。
「あ、うん。よろしく」
クラス代表に立候補するくらいだし、わりと意思は強いのかもしれない。
「如月くんも、よろしくね」
「ボクは推薦しただけだから、関係ないよ」
「お、おい、遥……! 推薦しといてほっとく気か?」
さっきと話が違う。
「それより、そろそろ次の授業の準備しないとね」
「早過ぎだろ」
そう思ったけど、渡瀬さんは納得したらしい。
「それじゃあ、また」
挨拶だけが目的だったのか、にっこり笑って自分の席へと帰っていく。
「……進学校って、5分も前に準備すんの?」
「さあ。しないと思う」
「え?」
「そうだ、お昼どうする?」
なんだかごまかされてる気もするけど、まあいい。
「食堂か、購買があるんだよな。食堂行ってみる?」
「うん、そうしよ」
クラス代表の件は、なるようにしかならない。
もう決まっちゃったし、いまさら辞退することの方が難しいだろう。
結局、遥は手伝ってくれるのかくれないのか、よくわからないけど。
4時限目の授業が終わって、やっと昼休み。
俺は、タブレットで食堂の位置を確認すると、料理のメニューを開いた。
先に食堂に向かうべきか、メニューを決めておくべきか。
「遥――」
メニュー画面を表示させたまま、遥に声をかけようと、左後ろに視線を向けたところで気づく。
そこには、女の子が2人立っていて、遥に声をかけていた。
「お昼、よければ私たちと……」
「一緒に、食堂行かない?」
人気者は、そういうお誘いがあるのか。
ちゃんとした約束をしたわけじゃないけど、なんとなく一緒に食べるもんだと思ってた。
遥もたぶん、そのつもりだと思うけど。
「別の子と一緒に食べる約束してるから」
やっぱり、約束……ってことになるのか?
様子を窺ってると、席を立った遥がこちらにやってきた。
「夏輝、行こう」
「え、ああ……いいのか?」
一応、向こうは誘ってくれてるみたいだし、俺は、たぶんちゃんと約束したわけじゃない。
「わ、私たち、橘くんがいても、いいよね?」
「う、うん」
2人が、遥の後ろからそう声をかけると、遥は俺にだけ見えように少し眉をひそめた。
「……だから、いやなんだ」
小さい声で、遥がつぶやく。
「……ごめん。男だけで話したいことあるんだよね」
遥は振り返りながら、女子2人にそう断りを入れていた。
さすがにもう無理だと感じたのか、2人は申し訳なさそうに帰ってく。
「俺は、一緒でもよかったんだけど」
「夏輝は優しいもんね」
というか、初日から断ってたら、友達なんてできない。
そう思ったけど、遥ならできるんだろうか。
「男子は男子、女子は女子でだいたい固まってるのに、ボクだけ女子と一緒にいるのも、変に目立ちそうじゃない?」
たしかに、それは言える。
俺だっても、いきなり女子を誘う気はない。
そう考えたら、こうして遥とまた気軽に一緒にいられるのも、同性だからなのかもしれない。
食堂で注文したラーメンを持って、適当な席に着く。
いまのところ、直接、話しかけられたりはしないけど、やっぱり遥は少し目立っているみたいだった。
首席の子じゃない? とか、やっぱりきれい~とか、かっこいいとか。
あえて聞こえるように話している子もいそうだ。
遥は聞こえていないのか、聞こえないフリなのかわからないけど、気にしていない様子で、ラーメンにハシをつける。
「あ、遥、猫舌だろ。お椀もらってきたから」
「いいよ。ふーふーして食べるし。あんまり恥ずかしいこと大きな声で言わないでくれる?」
どうやら、お椀を使うのが恥ずかしいらしい。
「家ではお椀使ってたくせに。別に恥ずかしくないだろ」
「まあ、夏輝の方が恥ずかしい子だもんね」
企むような笑みを向けられて、遥がなんのことを言っているのかすぐに気づいた。
女と勘違いして告白したこと、しばらくからかわれ続けるだろう。
まあ、他のやつらに言いふらされない限り、別にいいけど。
「遥が使わないなら、俺が使うからな。俺も、熱いのそんな得意じゃないし」
「え、夏輝が使うなら、ボクも使おうかな」
「お椀、1つしかもらってきてないし。それじゃあ遥、使えよ」
「ボクだけ?」
本当は使いたいくせに、周りの目が気になるんだろう。
俺より目立つし、しかたない。
「わがままだなー」
でも正直、悪い気はしない。
宿題では遥に頼りきりだったから、別のことで頼られるのは、ちょっと嬉しかったりもする。
頼られてるわけじゃないのかもしれないけど。
「取ってくる」
すぐお椀を取りに行って、遥のところに戻ると、遥は楽しそうに笑った。
「なに。なんか、楽しいことでもあった?」
「んー……久しぶりに夏輝とご飯、食べるからね」
それだけで、遥は楽しく笑えるらしい。
「楽しいのハードル低くない?」
「どうだろ。結構高いと思うけど」
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