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4 クラス代表
2週間ほど経つと、だいぶ学校生活にも慣れてきた。
授業は難しくなってきたけど、まだなんとかなるレベル。
遥が誰かに誘われることは、たぶんだけど減っていた。
もしかしたら俺がパンを買いに行ってる間に、誘われてるのかもしれないけど、誘っても無理だってみんな理解したのか、落ち着いたみたい。
「それじゃあ、今日の代表委員会、よろしくな」
放課後、先生に言われて、心がずーんと重くなった。
クラス代表で集まって、なにかするらしい。
なにをするのかもわからないんだけど。
先生が教室を出て行くと、遥が俺の席まできてくれた。
「大丈夫?」
「なにするかわかんないし、なんとも。っていうか、遥が俺をクラス代表にしたんだろ」
「だから聞いてるんだよ」
あの日は、直接じゃないにしろ、勘違いしてたことが伝わっちゃった直後だったし、遥も、怒っていたのかもしれない。
もしかしたら、俺が勘違いしてるって、小学生の頃から気づいてたかもしれないけど。
勢いで俺にクラス代表を押しつけたものの、少し心苦しくなってたりするんだろうか。
「まあ、大丈夫だろ。なにかあれば……」
「手伝うからね」
手伝ってもらうようなことがあるのか、それすらわからないけど、そう言ってもらえるだけで少し安心する。
「如月くん、ちょっといい?」
遥と話していると、渡瀬さんが遥に声をかけてきた。
「なに?」
「橘くんと、委員会行きたいんだけど」
「俺?」
別に、それは遥に断りを入れることじゃないと思うけど。
しゃべってる最中だったし、気にしてくれているのかもしれない。
「……いいよ」
遥はそう言って、自分の席に戻る。
「じゃあ、またな」
遥に手を振ると、俺は渡瀬さんと代表委員会が行われる教室に向かった。
「橘くんって、如月くんと仲いいよね」
教室に向かう途中、渡瀬さんに聞かれる。
「まあ、小学校の頃から、よく遊んでたから」
「クラス代表は、てっきり如月くんがやることになるかと思ってたんだけど」
「それは俺も……」
もしかして、もう1人のクラス代表が俺じゃ、不安とか。
むしろ不満とかあったりするんだろうか。
そりゃあ、どう考えても、首席の遥と一緒の方が安心だろう。
「なんか、ごめん。俺がクラス代表で」
申し訳なくなって伝えると、渡瀬さんは慌てた様子で否定してくれた。
「ううん。如月くんの推薦だし。それより、もともとそんなにやる気なかったのに、如月くんに推薦されて、しかたなく代表になっちゃったでしょ。だから、大変なんじゃないかと思って」
「え……」
俺のこと、心配してくれてるってこと?
「私は立候補だし、頼ってくれていいからね?」
隣を見ると、渡瀬さんは俺を見てにっこり笑ってくれていた。
俺って、笑顔に弱いのかもしれない。
遥に笑顔を向けられたときも、嬉しくてなんかなんでもよくなっちゃうし。
もちろん、それが作り笑顔だったりすると、俺も笑えないけど。
「ありがとう」
やっぱり、自ら立候補するくらいの子だ。
クラスのためとか、人のためになにかするのが好きなのかもしれない。
俺は、どうだろう。
少なくとも、クラスのためなんてことは、考えてない。
でも、遥に推薦されたし、渡瀬さんに迷惑かけたくないし、ちゃんと責任は持たないと。
今日の代表委員会は、ただの顔見せで、それぞれ自己紹介するだけで終わった。
自己紹介も、学年、クラス、名前を言うだけだ。
1年1組でも自己紹介してないし……これは担任の先生次第かもしれないけど、こんなもんなんだろう。
「簡単でよかったね」
教室を出てすぐ、また渡瀬さんが声をかけてくれる。
「うん。クラスでなにかあれば報告しないといけないみたいだけど、いまのところ、なにもなさそうだし……」
例えばいじめとか、気づいたら無理に解決しようとせず、まずは報告するらしい。
「ちょっと気になったことがあるんだけど」
ふと、足を止める渡瀬さんに合わせて、俺もまた足を止める。
「なに?」
「いじめじゃないとは思うよ。でも気になって……」
俺が気づいてないだけで、うちのクラスになにか問題でもあったのか。
「橘くん……如月くんの言うこと、聞きすぎてたり、してない?」
「え……」
俺?
予想外の質問で、一瞬、理解するのが遅れた。
俺が、遥の言いなりになってないかってこと?
そりゃあ、弱みを握られてるし、言うこと聞かなきゃバラすって言われてるけど。
そもそも、俺が遥を女扱いして、怒らせたのが発端だ。
クラス代表の件は、遥も気にしてくれてるし、ときどきからかわれたり、買いに走らされたりするくらいで……。
「橘くん? 大丈夫?」
「え、ああ、うん。大丈夫」
考え込んでしまっていたせいで、返答が遅れる。
「いつも橘くん、購買行ってるよね? 如月くんの分まで、買ってきてるみたいだけど」
「よく、見てるね」
「ちょっと、気になって」
そもそも混雑した場所だし、2人で行くより1人の方がいいだけだ。
遥の頼みだし……弱みを握られていなくても、頼まれたらたぶん、やっている。
でも、もしあのことがなかったら、たまには遥が行けって、言ってたかもしれない。
「他になにか、頼みごとされたりしてない?」
「うん。大丈夫だよ。そういうのじゃないから」
「仲いいもんね。でも、友達だからって、必要以上に許しちゃうと、橘くんも大変だから……橘くんが断りにくいなら、私が間に入るって手もあるし、とにかく、頼っていいからね?」
「ありがとう」
わざわざ間に入ってもらうつもりはないけど、渡瀬さんの気遣いは、すごく嬉しい。
女子が、遥じゃなく俺を気にかけるなんてのも珍しいし。
クラス代表だからなんだけど。
歩き出す渡瀬さんに合わせて、俺もまた足を動かす。
「さすが、立候補するだけあるね。俺なんて全然目立たないのに、しっかり見てくれて……」
「誰でも見てるわけじゃないけどね」
それって……どういうことだろう。
俺がもう1人のクラス代表だから?
それとも、渡瀬さんにとって、誰でもじゃないうちの1人に、俺がいるんだろうか。
そんなことを考えていたら、なぜか少し緊張するみたいに体が強張った。
教室に戻ると、そこには遥が残っていた。
少し前まで、遥の話をしていたこともあってか、どきっとしたけど、集まっていたのは1階上。
遥の話をしたのも、階段を降りる前だし、聞かれてはいないはずだ。
そのつもりはないのに、いじめっ子だと疑われでもしたら、遥だって嫌に決まってる。
もちろん、俺はそんな風に思ってないけど、周りの目もあるし、言うことを聞きすぎるのも問題か。
「どうしたの、遥」
「図書室で本、借りてきた。それ、読んでただけ。代表会、どうだった?」
「自己紹介とか、クラスで問題があったら報告しましょうとか、それくらい」
「ふぅん」
それほど面倒な内容じゃないとわかって、遥も一安心しているのかもしれない。
机の上に置いてあった本を、カバンにしまう。
「とりあえず、一緒に帰ろ」
「うん」
遥に誘われて、俺もカバンを手に取る。
駅からは、別々だけど。
「橘くんたちも、電車通学?」
一緒に教室に入ってきていた渡瀬さんが、た俺たちの方にやって来る。
「うん」
「じゃあ、私も一緒にいい?」
別に構わない……そう思ったけど、俺が答えるより先に、遥が答えた。
「寄るとこあるから」
「え……」
聞いてないんだけど。
もちろん、少し寄り道するくらい構わない。
ただ、それに渡瀬さんをつき合わせるのは悪い。
そもそも、遥が断ろうとしていることには、渡瀬さんも、気づいているだろう。
「……わかった。それじゃあまた今度。橘くん、なにかあれば言ってね」
やっぱり、俺が遥に対して断れないって思ってるのかもしれない。
「大丈夫」
大丈夫ばっかり言ってる気がするけど、それだけ渡瀬さんも、遥も、俺を気にしてくれてるってことかもしれない。
渡瀬さんが出て行くのを、なんとなく見送る。
いますぐ出て行ったら、結局、一緒になっちゃいそうだし。
「……どこ寄るの?」
俺が尋ねると、遥は少し考えるそぶりを見せながら、
「まだ考え中」
そんなことを言った。
「遥って、女子のこと嫌いなの?」
「女子だからとかじゃなくて。ほとんど話したことない子が、突然、混ざってくることの方がおかしくない?」
言われてみればそうだけど、友達の始まりなんて、だいたいそういうもんだろう。
「まあ、仲良くなれそうにないなら、無理に一緒にいる必要ないと思うけど」
いくらクラス代表でも、クラス全員、仲良くしましょうなんて思ってるわけじゃない。
もちろん、いじめとかそういうのは困るけど、合う合わないなんてのは当然ある。
「けど、もうちょっと愛想よくするとか、あるだろ」
「もしボクが、毎日誘われるがまま、日替わりでいろんな女の子とご飯食べて、誰にでもいい顔してたら、男子にも女子にももっと嫌われてたと思うよ」
「ああ……それは、俺も嫌かも」
「そういうこと」
モテる男ってのは、立ち回るのも難しいようだ。
それこそ、俺では理解できないくらい。
「でも、俺は遥が冷たい男だって、周りから思われるのもやだけど」
「……優しいね」
「普通だろ」
「だいたい、他の男子はそんな声かけられたりしてないのに、ボクには声かけるって……男扱いされてないってことかな」
「単純に、男としてモテてるだけだと思うよ」
そう口にしてみたけれど、女子からしてみたら、中性的な遥の方が、同性感覚で話しかけやすいのかもしれない。
遥が、女子からの誘いを過剰に嫌うのは、男として見られてないって感じるからなのか?
もしそうなら……。
「……やっぱり俺……遥に、ひどいことしたよな」
入学式の日、軽く謝ったけど、お姉ちゃんに、もう一度、ちゃんと謝るよう言われてた。
結局、話をぶり返すのもなんだし、ちゃんと謝り切れてなかったと思い出す。
「遥のこと……もうちゃんとわかってるから。勘違いしてて、ごめん」
「間違えられることなんて、しょっちゅうあったし。そんなの、怒ってないよ」
「ホント?」
「うん。そのことは……ね」
「そのことはって……」
ほかになにか、怒ってるってこと?
「そろそろ行こ」
「あ、うん」
謝れたし、怒ってないって言ってもらえたけど、俺はまだ、遥になにかしてしまっているのかもしれない。
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