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5 やめた方がいい
それからも、俺と遥の関係は変わらなかった。
言うこと聞いたら、内緒にしてくれるって話は、なくなってないし。
だからといって脅されてるわけでもない。
ただなんとなく、言うことを聞くのがあたり前になっていた。
昼休み、遥の方を振り返る。
「今日は総菜パンにしようかな」
「わかった」
いつものように注文を受けて、購買部に向かおうとしたところ、教室を出てすぐ、渡瀬さんに呼び止められた。
「橘くん。あいかわらず2人分、買いに行くの?」
「ああ、うん。まあね」
「私、今日、お弁当忘れちゃったから、購買部行ってみようと思うんだけど、場所、教えてもらってもいい?」
知らなかったけど、渡瀬さんはいつも弁当らしい。
「ついでだし、買ってこようか?」
「ううん。私まで、橘くんのこと、パシらせらんないよ」
パシられてるわけじゃないんだけど。
やっぱり、気にしてくれているらしい。
「購買部がどんなところかも気になるから」
「じゃあ、行こうか」
俺もはじめてのときは、どんな場所か、わくわくしたっけ。
思った以上に混雑してたけど。
「うわ……すごい人!」
購買部について、渡瀬さんの最初の感想はそれだった。
「驚くよね。最初は、目当てのパンがどこにあるか、探すのも大変で……ゆっくり見れる感じじゃないんだけど。そっちの方に甘いパン、こっちは総菜パン。向こうの方は、おにぎりも扱ってるよ」
「うーん、おにぎり見てこようかな。橘くん、おにぎり買うなら見てくるけど」
いつもは、あんまりあちこち見て回らないけど、せっかくだから、取ってきてもらおうか。
「じゃあ、サケのおにぎり、1つ頼んでいい? なければ具はなんでもいいよ。俺、遥の分の総菜パン、取ってくるから、もし必要なら、渡瀬さんの分も、取っておくけど」
「パンもおにぎりも食べたいなぁって思ってたとこなんだよね。如月くんのと同じパン、余分に1つ、お願い」
「うん。わかった。レジはそこだから、会計済ませたら、またこのへんで」
「それじゃあ、行ってくるね」
渡瀬さんを見送ってすぐ、遥が好きそうなピザパンと、コロッケパンを手に取る。
渡瀬さんの好みは知らないけど、同じでいいみたいだし、俺も食べるから、同じものを追加で1つずつ。
会計を済ませて、さっきの場所に戻ってくる。
少しして、戻ってきた渡瀬さんと無事に落ち合えた。
「お待たせ。時間かかっちゃった」
「ううん。ピザパンとコロッケパン買ったんだけど、どっちがいい?」
持っていた袋から、パンを2つ取り出す。
「如月くんの分は?」
「同じの2つ買ってあるよ」
「じゃあ、どっちを選んでも、如月くんと一緒か……」
そう呟きながら、パンを1つ手に取る。
「こっち、もらっていい?」
「うん」
「おにぎり渡すね。はい、これ」
「ありがとう」
教室に戻ると、またいつものように遥が席で待ってくれていた。
「お待たせ」
「夏輝、おにぎりとパンなんて、珍しいね」
「ああ、実は……」
渡瀬さんと、分担して買ったって、伝える前に渡瀬さんがやってきた。
「橘くん。お金……清算し忘れちゃってたよね。パンとおにぎり、差額あった?」
そういえば、渡瀬さんには伝えていなかった。
「言い忘れてたけど、購買部のパンとかおにぎりって、ほとんどみんな同じ値段なんだ。会計しやすいようにだと思うけど。だから、大丈夫だよ」
「そうだったんだ。よかった~」
ほっと胸をなでおろす様子の渡瀬さんを見て、俺も一安心する。
「一緒に、買いに行ったんだ?」
遥が、俺を見ながら尋ねた。
「ちょうど、教室出たところで一緒になって」
「購買部、おもしろかったよ。たまには、如月くんも買いに行ってみたら?」
俺がパシられてるのを気にしてか、さりげなくそう提案してくれる。
「1人が不安なら、一緒に行くよ」
渡瀬さん、いつも弁当だったんじゃ……。
「不安とか、そういうのないから」
「そう? でも、いつかぜひ、行ってみてね」
そう言い残して、自分の席へと帰っていく。
直接、パシらせるのはよくないとか言われても気まずいし、どうにか俺だけが常に動いでる状況を、変えようと考えてくれたみたい。
そう思ったんだけど……。
「わかりやす……」
少し呆れたように遥が呟いた。
「な、なんのこと?」
もしかして、全部、お見通しだったりするんだろうか。
「まさかとは思うけど、夏輝、あの子に庇ってもらえてるとか、勘違いしてないよね」
「お、思ってないよ」
庇うだなんて……気を使ってもらってるとは思うけど。
バレてるのなら、仕方ない。
「遥がいつも俺をパシらせるから、気にしてくれてるんだよ」
「夏輝、俺にパシらされてると思ってんの?」
「俺は思ってないけど。遥の言うこと聞くって約束だし」
いまのところ、どうしてもイヤだって思うレベルのことはやらされていない。
「でも、遥が俺のことパシらせてるって、周りに思われるのは、困るよな」
「ボクは困らないよ」
「俺は、遥がそんな風に見られるのはやだけど」
「また……夏輝って、そういうことさらっと言うんだよね」
「え……おかしいこと言った?」
「……まあ、いいけど。あの子は、やめた方がいいと思うな」
ピザパンを口にしながら、少し真面目な顔で遥が言う。
「ど、どういう意味……?」
そう聞き返したけれど、なにかを見抜かれているような気がして、心臓がバクバクと音を立てた。
「優しくされて、気になり始めてるんなら、やめた方がいいって話」
なにを見抜かれてるんだろうって思ったけど、遥の言う通りなのかもしれない。
気になり始めてる……のか?
「そういうんじゃないよ」
誰かに聞かれでもしたら困るし、慌てて否定する。
軽く周りを確認してみたけれど、すぐ近くの席には人もいないし、教室内はざわついているから、たぶん、誰にも聞かれてないだろう。
「そういうんじゃないけどさ……遥、なにか知ってんの? もしかして、同じ小学校だった?」
やめた方がいいって言うからには、理由があるはずだ。
「違うよ。根拠のない男の勘かもね」
「なにそれ。ただの勘で否定されたら、向こうもかわいそうだよ」
「……そうだけど。いきなりクラス代表に立候補してたよね。そういう子と、夏輝は合わない気がする」
「気がするって……」
あいまいで納得しづらい理由だ。
「つまり、ちゃんとした理由はないってことか」
「夏輝は、女子に優しくされることに慣れてないだけだよ。だから、ちょっと声かけられたり、心配されただけで、気になっちゃう……でしょ」
図星だ。
「そりゃあ、遥と違って目立ってないし、慣れてないけど」
「だから、あのときボクのことも――」
「いや、それは……!」
つい大きな声を出しかけて、慌てて口をぎゅっと閉じる。
学校では男子ばかりと一緒にいたし、仲良く遊んでくれる女子なんて、遥くらい……あのときは、そう思ってた。
ああ、そうか。
だから、好きなんて思っちゃったのかもしれない。
「……そうかもね。でも勘違いだった。今回は、少なくとも、ちゃんと女子だ」
そう伝えると、遥はあからさまに嫌そうな顔をした。
あのときのことをぶり返したのは遥の方なのに。
「……どれだけ謝ったら、許してくれんの?」
俺は、遥と喧嘩したいわけじゃないし、機嫌を損ねて欲しいわけでもない。
「言うこと聞かなきゃバラすって……言うこと聞いてたら、許すってことでもないだろ」
「許さないとか思ってるわけじゃないよ。ただ……」
ただ、なんだろう。
遥は、俺をちらっと見て、それから視線をそらした。
「ちょっと、傷ついただけ」
傷ついた。
その言葉を聞いて、俺の胸になにかが、グサリと刺さった気がした。
「それは……なかったことにできないの?」
俺がそう尋ねると、遥は視線をそらしたまま、ぐっと唇をかみしめる。
「夏輝は、どうしても、なかったことにしたいんだね」
「そりゃあ……遥がそれで、傷ついたんなら……」
「……本当に最初からなにもなかったら……また、変わってたのかな」
遥は、答えにならないようなことをつぶやいて、残りのパンをかじった。
言うことを止めるみたいに。
「遥……」
俺も、言葉につまって、おにぎりを口に含む。
「……とりあえず、ボクのことはおいといて。あの子は、やめた方がいい。モテる男の忠告ね」
落ち着いたのか、カラ元気かわからないけど、冗談っぽくそう言った。
「根拠のない勘なんだろ」
「経験則って言えば、信じる?」
「ちょっとだけ、信じそう」
そう告げると、遥はやっと俺と目を合わせて、少し笑った。
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