6 選んで欲しい

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6 選んで欲しい

 それからも、遥が購買部に行くことはなかった。  かわりと言ってはなんだけど、俺が行くタイミングで、何度か渡瀬さんに会う。  今日もまた、昼休みになってすぐ購買部に駆け込んだ後、会計を済ませて周りをうかがってると、渡瀬さんの姿を見つけた。 「橘くん、今日は早かったみたいだね」 「どうしても、ドーナツ買いたくて。余分に買ったんだけど……いる?」 「いいの? ありがとう。かわりに、おにぎりあげるね?」 「いいのに……」 「だめだよ。こういうことは、ちゃんとしないと」  本当に余分で、あげてもいいって思ってたけど、渡瀬さんは、真面目で、きちんとした性格みたい。 「……如月くんからは、ちゃんとお金もらってる?」  遥にパシらされてる上、俺がお金を請求できていないんじゃないか、気にしてくれてるようだ。 「大丈夫だよ。ちゃんとくれる」 「よかった。でもやっぱりもう一度、私からちゃんと、如月くんに言おうか。橘くんばかりに任せてないで、たまには如月くんも購買部行こうって」  心配そうな顔を浮かべながら、渡瀬さんが提案してくれる。 「だ、大丈夫だよ。俺は全然、気にしてないし……」 「前は、ただ購買部を勧めただけで終わっちゃったけど、橘くんが困ってるって言えば、如月くんも聞いてくれるんじゃないかな」  たしかに、困ってるって伝えたら、遥はやめてくれるだろう。  でも、いまのところ、困ってないし、嫌でもない。  渡瀬さんに、心配かけすぎるのもよくないけど、気にしてもらえるのは、ちょっと嬉しい気もする。  もし、遥が行くことになったら、こうして渡瀬さんと話す機会もなくなっちゃうし、これでいいのかもしれないなんて思い始めていた。 「そういえばこないだ、一緒に帰り損ねちゃったでしょ。どっかのタイミングで、一緒に帰らない?」  渡瀬さんからのお誘いに、心臓がバクバクと音を立て始めた。  前は、ちょうど代表会が終わった後で、教室には俺らしかいなかったし、その場の軽いノリだったと思うけど、いまはまるで、ちゃんとした約束みたい。 「えっと……また次の代表会の日とか?」  代表会は1か月に1回……次はまだだいぶ先だけど。 「私は今日でもいいけど、橘くん、いつも如月くんと帰ってるよね。私も混ざっていいか、如月くんに確認してくれる?」  いつも一緒に帰ってる遥のことも、気にしてくれているようだ。  俺に、渡瀬さんはやめた方がいいなんて言ってきたくらいだし、3人一緒は厳しいかもしれないけど。  かといって、毎日一緒だった遥を1人で帰らせて、渡瀬さんと帰るってのも、抵抗がある。  それは、渡瀬さんも気にしてくれそうだ。  代表会の日なら、遥に先に帰ってって、伝えることもできそうだったけど……。 「……一応、それとなく確認してみるよ」 「如月くん、橘くんのこと好きみたいだし、あんまり友達同士の時間、邪魔しちゃ悪いしね」 「え、好きって……」 「だって、だいたいいつも2人一緒でしょ」  そう言われて、好きという言葉に、敏感になっていた自分に気づく。  渡瀬さんが言ってるのは、ちゃんとした意味じゃない、友達同士の好きだ。  俺が遥に伝えた好きとは違う。  そもそも、それも、どんな意味か、いまとなってはよくわからないけど。  こんなことで焦ってたら、いつか、俺の弱みが遥以外にバレてしまいかねない。 「混ざれたら嬉しいな」  にっこり笑ってくれる渡瀬さんを見て、俺はやっぱり、渡瀬さんが悪い子だとは思えなかった。  ただ、俺を気にかけてくれて……仲良くしようとしてくれる、いい子でしかない。  遥には、なにが見えてるんだろう。  購買部から戻ると、遥は嬉しそうに俺からドーナツを受け取った。 「ドーナツ、間に合ったんだ?」 「ぎりぎり残り3個だったんだから、ちゃんと感謝して欲しいね。買い占めたせいで、後ろのやつに嫌な顔されたかも」 「しかたないよ。いつもはこっちが買い逃してるし、お互いさまだね」  先に手渡したドーナツ以外に、ワッフルやおにぎりを机の上に置くと、遥が不思議そうに首をかしげる。 「ドーナツ、2つしかないじゃん。3つ買い占めたんじゃないの?」 「ああ、1つはおにぎりと交換したんだ」  そう伝えると、遥はなにか察したのか、視線を渡瀬さんの方に向けた。  といっても、窓際の俺たちがいる席から、廊下側の渡瀬さんの席はかなり離れてる。  渡瀬さんは、弁当を並べる女子3人と一緒に、机を囲んでいた。 「明日は、久しぶりに食堂行こっか」  唐突な遥の提案に、一瞬、戸惑う。 「なんで……」 「なんでって、目当てのドーナツも手に入ったし。たまには食堂であったかいもの食べるのもいいんじゃないかって思っただけ」 「……遥、声かけられるかもしれないし、ゆっくりできないんじゃない?」 「どうだろう。直接、こられた方がラクな気もしてきた」  遠巻きに見られるくらいなら、堂々と声かけて欲しいってこと?  どっちにしろ、声かけられたところで、遥はそっけない返事をするんだろうけど。  ただ……購買部に行かないと、渡瀬さんと自然な形で話す機会はない。  気にかけてもらえる要素もなくなってしまう。 「……夏輝、そんなに食堂、嫌だった?」 「そうじゃないけど」  いや、購買部で会えなくても、一緒に帰ればいい。  また、別の機会を作ればいいだけだ。  俺は、さっき渡瀬さんに言われたことを、さっそく遥に切り出した。 「それより、今日の帰りなんだけど……渡瀬さんも一緒に帰っていい?」  遥の表情が、あからさまに曇っていく。  渡瀬さんが言うみたいに、友達同士の時間を邪魔されるのが嫌なんだろうか。  それとも、俺が渡瀬さんと仲良くなるのが、気に入らないんだろうか。  少なくとも、妬みや嫉妬ではないはずだ。  遥の方が、何倍もモテるし、仲良くなろうと思えば、すぐにだって女子と仲良くできる。  それが、同性のノリか、異性のノリかはわからないけど。 「仲良くするの、やめないんだね」  遥は、冗談でもなく真面目な口調で呟いた。 「……悪い子じゃないよ」  俺だって、遥が変な子と友達になろうとしてたら、止めるかもしれない。  自分が、めちゃくちゃ嫌いなやつと仲良くされたら……いやだって思う気持ちもわかる。  でも―― 「真面目で、俺のこといろいろ心配してくれる……クラスのこと、考えてるだけだよ」 「それが偽善だとしたら?」  偽善。  よく思われようとしているだけで、偽物ってこと? 「だれだって、人にはよく思われたいよ。俺だって……遥によく思われたくて、遥に優しくしてるかもしれない」 「それとはまた、話が違うんだけどなぁ」  俺は、遥の言うことが理解しきれていないらしい。 「ボクがやめて欲しいって言っても、夏輝は仲良くする?」 「そんなこと、言わないだろ」  やめた方がいいとは言われたけど、やめて欲しいとまでは言われてない。 「もしもだよ。ボクがそう頼んだら……」 「それ、言うこと聞かないとバラすってやつ? いくら弱みを握られてるからって、気持ちまで支配されるつもりはないよ」  遥は、首を振って否定した。 「ボクだって、気持ちまで支配しようとは思ってないよ。脅したいわけでもないし。ボクの顔色窺って、遠慮して欲しいわけでもない。ただ、選んで欲しいだけ」 「選ぶ?」 「あの子か、ボクか」  どっちを優先するかってことだろう。  なんでどっちかを選ぶみたいな話になってるのか、よく意味がわからないけど。 「じゃあ、俺がなにを選んでも、バラすとか、そういうのはないんだ?」 「うん。ボクが弱みを握ってなかったら、夏輝はどうする?」  なにも、弱みを握られてるから言うことを聞いてるだとか、いいなりになって仲良くしてるわけじゃない。  遥といるのが楽しいからだ。  楽しいはずなのに、なんか違う。  夏休みも冬休みも、こうじゃなかった。  遥のこと、女だと思ってたから?  それとも……周りにいたのが、家族やおじいちゃんだけで、ほとんど2人だったから?  誰かが混ざって、なにか変わってしまったのかもしれない。  もしそうなら、渡瀬さんを混ぜるのは、俺と遥にとって、いけないことなのかもしれない。 「遥とは、これからも仲良くしたい。俺がここに来た理由でもあるし。けど、あの子のことも、悪い子だとは思えない。俺と仲良くしようとしてくれる子を、拒む理由なんてないだろ」 「…………そうだね」  納得してくれたのか、わからないけど、遥はドーナツを口にしながら俯いた。 「あーあ。ボクに抑えつけられたくないほど、強い気持ちなんだ……」 「いや、そういう意味じゃ……」 「これ以上、仲良くなって夏輝が傷つく前に……ボクはボクで動くよ」  遥は、顔を少し俯かせながら、視線だけは、遠くを見ていた。  廊下の方……渡瀬さん? 「遥、なにする気?」  まさか、仲良くしないで欲しいって、直接言ったりするんだろうか。 「いろいろと、はっきりさせるだけ。あいまいなこと、多かったでしょ」 「あいまいっていうか、遥の言ってること、よくわかんなかったりしたけど。男の勘とか、経験則とか」 「それの答え合わせかなー」  結局、なにをする気かわからないし、一緒に帰るってことでいいのかもわからない。  そこもはっきりさせたいんだけど―― 「あ! それ、購買部のドーナツ?」  どこか行ってたらしい安堂くんが、俺たちが手にしたドーナツを見て声をかけてきた。 「そうだよ。やっと手に入ったんだ」  遥はそう言いながら、安堂くんに笑顔を向ける。 「如月くん、ずっと楽しみにしてたもんね。今日こそドーナツを勝ち取ってくるに違いないって!」 「遥、そんなこと言ってたの?」 「夏輝のこと待ってる間にね。毎日、夏輝を信じて良かったよ」  冗談っぽく呟く遥を見て、安堂くんは、笑っていた。 「っていうか、それ、そんなに手に入らないの?」  安堂くんに聞かれて、頷く。 「俺が行くと、いつも売切れで」 「橘くん、優しそうだから、取り合いになったら譲っちゃいそうだよね」 「たしかに。夏輝……まさかいままで、誰かに頼まれて譲っちゃったりしてない?」  遥に、じーっと目を見つめられて、俺は慌ててぶんぶんと首を横に振った。 「してないよ。そんなの頼まれてないし」 「ふぅん? 頼まれてたら、譲ってたかもしれない?」  企むような笑みを向けられる。  冗談っぽく言ってるけど、本気で聞いているのかもしれない。 「遥がすねるから、譲んないよ」  冗談まじりにそう返したけれど、本当に俺は、そうできたかな。  もし、1つしかないドーナツを、渡瀬さんに欲しいって言われてたら……。  どうしてただろう。
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