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11話
ユーグリッドとレオンの結婚式は侯爵家の嫡子のものとは思えないほど質素だった。ユーグリッドもレオンが着飾ることに興味を示さなかったし、レオンも身分不相応なお披露目を望まなかった。
ユーグリッドから余った結婚用の予算の使い道を考えて欲しいと言われたレオンは、研究所員やその家族、クリスタニア家領地の民へお菓子や酒を配ることを提案した。幸せのお裾分けである。
結局レオンは結婚について悩んで悩んで悩んだ末、ユーグリッドの未来を犠牲にしてもらうことを選ぶしかできなかった。結婚準備はレオンが話を聞いた時には既に進んでいて、レオンの周りではユーグリッド以外、全員が二人の結婚を喜んでくれたからだ。
結婚したくないなんてレオンの気持ちが通る様な雰囲気でも状況でもなかった。……と、周りのせいにして、それが自己正当化の言い訳であることもレオンは理解していた。ユーグリッドに犠牲を強いる辛さと、一緒に居られる幸せを秤にかけて、自分の幸せを選んだのだ。
だからレオンはユーグリッドから奪った幸せを、少しでも他の人に手渡したかった。
発情期に入り、ユーグリッドと実質上の初夜を迎えた日、レオンはベッドにうつぶせになり枕に顔を押しつけて相手を待った。
顔を見て萎えられたら嫌だなと思ったからだ。発情期のΩのフェロモンでαは発情するが、レオンを助けるという理性を働かせた実績がユーグリッドにはある。
だから「やっぱり無理だ」と言われたらどうしようという恐怖しかなかった。
震える身体を後ろから温かい体温が包む。
大好きなユーグリッドの匂いを感じれば、一気に熱が体中に広がって、レオンは理性を、記憶を無くした。
唯一、番になる為の行為であるうなじを噛まれた時の多幸感と満たされた感覚だけ覚えている。
しかしそんな幸福感を押しのけるように発情期が終わったレオンの心を占めたのはユーグリッドへの懺悔だ。
ユーグリッドの犠牲に報いるためにも自分はクリスタニア家の利益になる様な、大きな成果を残さなくちゃいけない。そう、レオンは心に誓った。
それももう、三年も前になる。
それから一度もユーグリッドとベッドを共にした事がない。
「じゃあこの避妊薬の治験はぼくがするね。数回試してみて問題なければ協力してくれる夫婦にも治験をお願いしよう」
「体調の確認と避妊が出来てるかちゃんと記録つけてね」
「判ってるよ。避妊はダメだったらぼくは産めばいいからいいけど」
「三人目かぁ」
「うん。じゃあレオンはこっちね」
セルトレインからレオンが渡されたのは茶葉だ。特殊な製法で薬草を煎じたもので、発情の三日前から飲むことで発情期の精神を安定させて記憶を維持できる、かもしれない、ハーブティーだ。
番との情事をしっかり覚えておきたいΩもいるのも確かだ。できれば発情期を楽しみに、カウントダウンよろしく番で飲んで欲しいという甘ったるい理由でハーブティーで開発されている。
見た目が可愛いと考えることも可愛いんだなぁ、なんてセルトレインを微笑ましく見つめてしまうレオンである。
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