12話

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12話

「次の発情はいつから入る?」  久しぶりに朝食の食堂で顔を合わせたユーグリッドは、いつも通り男前だった。  前髪は片方だけ後ろへ流し、飾りの少ないシンプルなシャツとスラックスにベストという装いですら豪勢な服に見えた。  可能ならずっと見惚れていたいとレオンは常々思っている。  痛々しくて見ていられなかったユーグリッドの姿も結婚後からゆっくりと回復していった。レオンと番になってからは義務から解放されたためか笑顔も見せる様になった。  ユーグリッドがこの結婚生活をどのように思っているのかレオンには判らなかったが、避けられていることには気付いている。だからレオンもあえて生活時間をユーグリッドと被らないように調整した。  昔から気を遣ってくれる優しいユーグリッドのことだ。多分周りが気付かない程度にしか接触を回避しない。それならばレオンの方からもユーグリッドを避ければいいのだ。レオンは研究を理由にそれが出来た。  結果としてユーグリッドも常に忙しく、またレオンも仕事のため二人が顔を合わせ会話をするのは限られ、それこそ数か月に数刻だけといった具合でも当然のように見えているはずだ。  もちろん夫婦で招待された食事会などではお互いにこやかに微笑み、冷え切った関係だと悟られないように努力した。お蔭でこの三年間、義父母やレオンの両親にも仲のいい夫婦だと思ってもらえている。子どもの話が出ても「まだ仕事に集中したいから」と言えば産まないことを正当化出来た。  周りには仲良し夫婦と見せている反面、二人でいる時にユーグリッドが笑顔を見せるなんてことはなかった。  自分に昔のように微笑んでくれなくても充分にユーグリッドは美しく、レオンは彼の金色の髪も青い瞳も大好きだった。  だが残念ながら馬鹿みたいにぽかんと大好きな相手を見つめているわけにもいかず、平常を装って返事をする。 「ああ、ちょうど三日後からです」 「ちょうど?」 「あ、いえ、すみません。いつもユーグリッド様は同じタイミングで聞くなぁって思いまして」 (お茶を飲むタイミングはユーグリッド様と朝食を取った日からってしたら忘れないかも)  そんな事を考えて思わずレオンが苦笑すれば、ユーグリッドの眉が不機嫌に上がるのが見えた。 「そんなに私が君のことを気にするのが不快か?」 「え、ええ? すみません。そんなつもりはないです。お気遣いありがとうございます」 「番の発情期を知っておくのは当たり前のことだ」 「そう、ですよね。あ、そうだ新しい避妊薬を試せる段階に入りました」 「セルトレインから報告は受けている。屋敷でまで仕事の話をする必要はない」 「はい、すみません……」  いつの間にか綺麗に食事を終えたユーグリッドは謝罪するレオンを一瞥(いちべつ)すると、静かに食堂を出ていった。  いつもならレオンも食べ終わるくらい時間が経っていたが、レオンの食事は進んでいない。  結婚してからずっとそうだった。レオンは数少ないユーグリッドとの時間が愛しかったから食事なんて後回しにしたのだ。一緒に居る間はとにかくユーグリッドの姿を全身で感じていたかった。  食事に時間がかかればそれだけ一緒に居られると打算していたのも否定はしない。  しかし同じ屋敷に住んで数か月も経たないうちに、ユーグリッドは仕事を理由に一緒に食事もしなくなった。その事もあってユーグリッドが自分を避けているのだと、レオンは気付いた。  ユーグリッドと居る時は恐縮して小食だったが、どちらかと言えば大食漢で一人になればもりもり食べるレオンに「旦那様とご一緒でなければ食事が進むようで、なによりです」とキャロラインが安心したような笑顔で言った。  その時になって自分の行動が使用人たちに勘違いされていると気付いた。レオンは慌てて「ユーグリッド様と一緒だと見惚れていて食べられないだけ」とキャロラインに伝え誤解を解いた。  それからは使用人たちが二人で食事が出来る様にセッティングしてくれたが、ユーグリッドが求めない限りは共にしないと、レオンは丁重に断った。二人とも仕事が忙しいから、合わせる必要もないからともっともらしい理由をつけて。  ユーグリッドが食事をレオンと共にするときは今朝のように用事がある時だけだったが、レオンはそれで十分嬉しかった。 「今日は少し長めにお話できましたね」 「うん。怒られちゃったけど」 「あれはお仕事をしすぎないようにと、レオン様をご心配されたんですよ」 「そうだね、ユーグリッド様は優しいから。あ、そうだ、今日からいつもの紅茶の代わりに入れてほしいお茶があるんだ」 「承知いたしました」  だからやっと食事を開始出来たレオンにキャロラインは笑顔で声をかけてくれる。レオンも笑顔で頷き返して、茶葉の缶を手渡す。 「あの、レオン様。差し出がましいですが、やはり発情期はご一緒に過ごしたいと旦那様に申し上げてはいかがでしょうか?」 「ううん、ごめんねキャロライン。いつも俺の世話するの大変だと思うんだけど……これ以上ユーグリッド様に迷惑かけられないよ」 「旦那様はレオン様を心配されています」 「うん、知ってるよ。だから発情期も屋敷に帰らないようにしてくれているんでしょ?」 「………」  視線を逸らし複雑な顔をするキャロラインに思わず苦笑する。せっかくの美少女が台無しだとレオンは思った。 「ユーグリッド様の部屋を占領しちゃうしね。期間を確認して不在にしてくださるのはありがたいよ。いつも通り、準備をよろしくね」 「……承知いたしました」  レオンの発情期に合わせてユーグリッドの洗濯物を貯めてもらったり、果物の準備をしてもらう。自分のためにこの屋敷の使用人にも手間をかけてもらっている。  自分は研究でしか恩を返せないのだからしっかり頑張ろう。淹れてもらった苦いハーブティーをゆっくりと飲み干しレオンは再び決意した。
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