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16話
扉が勢いよく開き、威圧的に問いかけてきたのはユーグリッドだ。屋敷にいるはずのレオンが研究所に来ているなどユーグリッドは思っておらず、思わず口調が荒くなる。
そんなユーグリッドの姿にレオンは思わずびくりと怯えて体を揺らす。慌てていたのかいつも身なりをきちんとしているユーグリッドには珍しく、髪が少し乱れていた。
「なんでってレオンの研究室だもの、逆に居て何がおかしいの?」
明らかに不機嫌顔のユーグリッドに対して、セルトレインが一歩前に歩みでる。レオンを庇うように立ちながらわざとらしくため息までついて見せた。
「そんなことを聞いているんじゃない。まだ休暇のはずの所員がなぜいるのかと聞いている」
「兄さんと同じでレオンは溜まった仕事を片付けに来てるんですけど。兄さんと同じで発情期が終わって動けるようになったらすぐに。兄さんと同じで泊まり込みでね」
セルトレインも喧嘩腰なのはレオンにも解った。解ったがそんなに「ユーグリッドと同じ」と強調しないで欲しい。
当て付けてるつもりなのだろうけど、今のレオンにはただただ好きな人の真似をしていると言われているようで恥ずかしかった。
「あの、ユーグリッド様。いつものことですから俺はだ……」
大丈夫と言いきる前に、ユーグリッドの表情があからさまな嫌悪を表す。威圧感も強くなり思わずレオンはセルトレインの背中に隠れた。
「兄さん、自分の落ち度を悔やんでるなら不機嫌な顔して威圧しないでくれる? レオンが責任を感じるでしょ」
「せ、セル。俺が勝手なことしたからユーグリッド様が怒るのは仕方がないから」
「そうなの? 兄さんはレオンが勝手なことしたから、悪魔の手先みたいな怖い顔してぼくたちを威圧してるの?」
「……いや、違う」
「ほらレオン、違うって」
セルトレインににこりと言われたとしても、変わらず不機嫌なユーグリッドを前にレオンはただ押し黙るしかできなかった。
自分の行動が問題でないなら、何故ユーグリッドが不機嫌なのかレオンには理由がわからない。しかしセルトレインには手に取るように分かった。兄は動揺してるのだ。家で休んでいると思っていたレオンが働いている。きっと今までも働いていたことを知らなかったのだろう。レオンに無理をさせていると自責の念が顔に出ているのだ。
しかしレオンはユーグリッドのそんな心境を知るよしもなく、良くわからないから口を挟まずにクリスタニア家兄弟の会話を見守ることにした。
「で、忙しい兄さんがわざわざ何の用?」
ユーグリッドが研究室に来たことはなかった。いつもならユーグリッドの執務室にセルトレインが呼ばれていたからだ。
さりげなくユーグリッドの視線を感じたレオンは、自分が邪魔なのだと悟る。
「あっと……俺は席をはずしますね」
「待って、レオン。ここに来たってことはレオンのこと聞きに来たんでしょ? 仕事なら呼び出すもんね、兄さんの個人的な話だよね。なぁに? 今回の発情期のレオンの様子がいつもと違うから心当たりがないかぼくに聞きに来たの?」
部屋から退室しようとしたレオンの腕を掴んで、セルトレインがレオンにもはっきり聞こえるように言う。
あまりにも気まずいが、セルトレインの手を振り払うのも申し訳ない気がして、レオンがちらりとユーグリッドを見上げれば目が合った。
不機嫌そうに眉根を寄せるユーグリッドの顔を見るのは辛かった。だが身体を繋げている時にレオンをその熱い棒で悦ばせるため、達せず我慢している時の表情に似ていることに気付いてしまった。
そうなれば昨日までの痴態を思い出して、レオンの顔がのぼせたように一気に真っ赤に染まる。
「!? おい、やっぱり具合が悪いんじゃないか?」
平常時には見たことがない番の照れた様子にユーグリッドが慌ててレオンに手を伸ばした。
「あっ…」
「っ!」
思わずその手を避けたレオンに、ユーグリッドは辛そうな顔を浮かべた。二人の間に沈黙が流れる。
「………っう、うぎゃあああああああああああっ!!!! もう見てらんない!!!!!!!!!!」
その沈黙をぶち破るかのように、研究室内に鳥の鳴き声のようなセルトレイの絶叫が響いた。
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