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17話
「え、えええ?? どうしたのセル??」
「お前までおかしくなったのか?」
微妙な空気を打ち破る様に絶叫したセルトレインは足をだむだむと踏み鳴らした。
「もう、我慢の限界!!! レオンが今回おかしい原因? それはね、例のハーブティーを飲んだからです!! 発情期も記憶が残る奴ね!!!」
セルトレインはレオンから手を放せば、びしっとユーグリッドを指さした。そのまま頭一つ以上背が高く、偉そうにしてるくせにヘタレな兄を睨みつける。
「だいたいねっ! 一緒にご飯食べてればその位は兄さんだって気付いたはずでしょ? 何で知らないのさっ!」
「……それは」
一緒に食事をするのは三か月に一度の発情期の確認の朝食と、妻同伴の仕事の食事会くらいだからとは、とても毛を逆立てた猫のように怒っている弟にユーグリッドは言えない。
「レオンもね!! 発情期の時以外にも兄さんにキスでもなんでも強請ってよ!! 責任とるっていってたんだから、ここぞとばかりに我儘いってやればいいじゃない!」
「セ、セル!!!!!!?」
親友の爆弾発言にレオンがさらに顔を真っ赤になりながら慌てる。
「そういうわけであとは二人でやってくれる? 仕事の邪魔!! ハイっ出ていってください!! あ、兄さん! レオン泣かせたらコーディに頼んでぶん殴ってもらうから覚悟しておいてね! お疲れ様でしたっ!!!」
凄い勢いでまくしたてるセルトレインに対抗するすべもなく、ユーグリッドとレオンは研究室の外に押し出されるとバタンと扉が乱暴に閉められた。
廊下に放り出されたが、レオンはどうしたらいいかわからず扉を見つめる。とてもじゃないがユーグリッドを見る勇気はない。
しかしこのまま挨拶をして屋敷に帰るのも、失礼だろう。
どうしたらいいのかと悩むレオンの横で、ユーグリッドは大きなため息をついた。
また、自分はユーグリッドに迷惑をかけているとレオンの胸がツキンと痛む。
「……身体はつらくないか?」
「あ、はい。大丈夫、です」
「そうか、なら少し付き合ってくれるか。話がしたい」
「ええと、ユーグリッド様のご迷惑になるんじゃ……」
「……それは、私とは話がしたくないって事か?」
「ち、違います!!」
思わずレオンは泣きそうな声を出す。これ以上、ユーグリッドの負担になりたくないだけなのに、上手く伝わらない。
俯いていれば、かちゃり、と研究室の扉がほんのすこし、本当に少しだけひらいて、ギラリと青い目が覗いた。
「ひっ…」
思わずレオンは悲鳴をあげて隣のユーグリッドの袖を掴む。扉から覗く目はギロリとユーグリッドを睨む。
「兄さん」
「……オレはレオンの意思をきいただけだ。ただでさえ薬のせいで発情期後の体調は良くないと聞いている。無理はさせたくない」
扉から覗く目はギロリとレオンに視線を移す。
「レオン、兄さんの顔が怖い時は怒ってる時じゃなくて後悔してる時だから。これ我が家の常識だから覚えておいて。あと兄さんがコーディに切り刻まれたくなかったらちゃんと二人で話してきて」
「それどういう脅しだよ……」
コデルリヒトはユーグリッドの無二の親友でもあるが、大切なセルトレインからのお願いなら親友兼義兄を切り捨てるくらい平気でするだろう。
学生時代、セルトレインに手を出そうとしたαを社会的にも精神的にも再起不能にした話は有名である。
扉から覗く青い瞳が、本気で国家権力を動かすと言っている。
「ちゃんと話すから、暴力はやめて、ね?」
知らずにユーグリッドの袖をぎゅっとレオンは握りしめながら、今まで見たことがないほど怒っている、と思われる、友人に答える。
そうすれば扉が再びぱたりと閉じられた。
二人同時に安堵の息を漏らしたが、「とりあえず、屋敷に帰るか」と先に声を発したのはユーグリッドだった。
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