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18話
レオンの記憶が確かなら、ユーグリッドと二人で帰宅したのは初めてだ。同じ職場で働いているのにと不思議な気持ちでいたら、屋敷の使用人たちが総出で出迎えに出て来て、さらにレオンはびっくりする。
「見世物じゃないぞ、仕事に戻れ」
驚いて固まったレオンを抱き寄せてユーグリッドは冷ややかに言い放てば自室へ向かった。
ユーグリッドの部屋に二人で同時に入るのも初めてだった。
書斎と応接室を兼ねた部屋の奥に寝室がある。これはレオンの部屋も同じだ。普段は寝室にしか行かないレオンが扉のそばで立ち尽くしていれば、ユーグリッドがソファーに座り「こちらにおいで」と声をかける。
託児所や学生時代、少し離れたところから見ていたレオンに声をかけ、ユーグリッドはよく自分の隣に座らせた。
結婚してからはそんな気さくに声をかけられる関係ではなくなっていたが、レオンは昔のようにユーグリッドの隣に座った。完全に癖だ。
それに対してユーグリッドが身を固くしたのに気づき、レオンは自分の落ち度を悟った。
せめて正面のソファーに座るべきだったのだ。
移動するべきかと悩んだところでキャロラインがお茶を運び込み、二人の前にカップをおく。
レオンにだけ見えるように「頑張って下さい」と唇を動かし可愛らしく微笑めば、すぐにキャロラインは退出した。
セルトレインだけでなく、キャロラインにまで後押しをされたレオンはぐるぐる迷う気持ちを押し付けて、腹をくくることにした。
「あの! ユーグリぅ……す、すみません! ユーグリッドさま!」
緊張しすぎて舌を噛んでしまった。
恥ずかしさとユーグリッドの反応が怖くてレオンは俯いたままで言葉を続ける。
「お、俺の発情期に一緒にいてくれて、ありがとうございました!!」
「………………過去形か」
「はい?」
「いや、なんでもない。番として、伴侶として当然のことをしてるだけだ」
「ユーグリッド様には当たり前で、義務的なことかもしれないんですけど……お、俺はすごく……嬉しかったから……、その、ありがとうございます」
うっかり昨夜までの夫婦の営みを思い出してしまい、レオンはぷしゅーと音が出そうなほど真っ赤になる。
その姿にユーグリッドは眉を寄せた。
「レオンは私のことが嫌いなんじゃないのか? 嫌なら素直に嫌だといって……いいんだぞ」
そうしたら二度と触らないから、とまで言われ、レオンは目を見開きユーグリッドを見上げる。
ユーグリッドは視線を外し、カップをその綺麗な手に取った。
「なんでですか? 感謝こそすれ俺がユーグリッド様を嫌うわけないじゃないですか」
「感謝? 憎悪の間違いでは?」
「こんなに良くしていただいてるのに嫌ったり憎んだりなんてしません」
「ああ、レオンは研究が出来れば幸せなんだね。それなら、よかった」
「違います、あ、いえそれもありますけど、は、発情期の時に……そ、そのいっぱい愛していただいてたのを体が覚え……!!! ユーグリッド様!」
レオンの言葉に飲んでいた紅茶をユーグリッドは思わす吹き出した。研究所での待遇に感謝されているのかと思えば、まさかの肉体関係のほうだった。予想していなかった言葉にユーグリッドはたじろいだ。
その間抜けなユーグリッドの姿も気にせずに、レオンは濡れたユーグリッドの衣服や口元を慌ててハンカチでぬぐう。
「すまない」
「い、いえ……」
シンとした沈黙の中、ユーグリッドが大きくため息をつく。そしてハンカチを持つレオンの手に手を伸ばして、逃げられないのを確認してから、そっとその手を握った。
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