4話

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4話

「綺麗なβの人もいるもの、可愛くないΩだっているわよ」  託児所で三番目位に可愛いって言われていた黒髪の少女ナタリアが言った言葉はレオンを慰めるためのものか、自分の方が可愛いと言いたかったのか、レオンには判断できなかった。  ナタリアはβだった。選ばれなかった子、と誰かが言っていたのをレオンも聞いた。見目が整っていると周りが期待してしまうせいか、そんな言葉も存在していた。 (Ωでなくてもナタリアちゃんは十分に可愛いのに、なんで残念がるんだろう?)  Ωであれば貴族に嫁げる。それが良いことなのか全くわからないレオンは周りの大人が残念がる理由がわからなかった。 「うん、おれよりナタリアちゃんの方がずっと可愛いよ」 「そうよね! レオンくんとつがいになるαのひとかわいそう。こんなに可愛くないΩを奥さんにするんでしょ?」 「う…ううん、おれは女の人をお嫁さんにしたい、な」 「ええ、ダメよ。Ωなんだからちゃんとつがいになってαをうまなきゃ!」 「でも、おれと番になったら可哀想なんでしょう? なら可愛いお嫁さん貰う方がよくないかなぁ」  じっとナタリアを見つめて首を傾げるレオンに、ナタリアはぐっと言葉を詰まらせた。 「そ、それは、よくわからないけど、レオンくんはどんな子が好きなの?」 「おれはええと、金髪で青い目の綺麗なひと……かなぁ」  ナタリアに聞かれてするりと思い浮かべたのはユーグリッドの笑顔だった。 (あ! ユーグリッド様は男の子だからお嫁さんにはできないや!!)  レオンは自分の間違いに気付いてぷしゅーっと湯気が出そうなほど真っ赤になった。   「ええーっ! レオンくんに金色の髪のひとなんて似会わない!!みぶんふそうおうっ!! もっと暗い髪の色のひとにしなよ!」 「こーら、ナタリアちゃん。そんな風にレオン君の将来を決めてしまっては駄目よ」 「えー、だってレオンくんわがままだよ! お祖父ちゃんが言ってたもん、Ωだったらαのお嫁さんになりなさいって言ってたもん!」  話の途中で子守のお姉さんがナタリアとレオンの会話に入り、レオンからナタリアを引き離してくれた。  お姉さんはレオンに「第二性がなんだって好きな人と結婚していいんだからね」と言ってくれた。  だけどナタリアはずっとΩとして言われていたことをレオンに会うたびに教えてくれた。彼女なりの親切だったのだろう。今思えばとても微笑ましい。  でもナタリアとの会話は、レオンに劣等感を植え付けるには十分な時間だった。  Ωなのだからαと番になって結婚すべきだ。  だけど可愛くないんだから、素敵な人と結婚しちゃだめ。  人形のように可愛いナタリアはβだったけど、一番可愛いエッダと二番目に可愛いロベルトはΩだった。  その二人がユーグリッドの傍にいると物語の騎士とお姫様みたいだった。託児所に居た可愛い子たちはみんな貴族だったから、ユーグリッドと身分も釣り合う。 (なにもかもおれとは違うなぁ) 「レオン、新しい本を持ってきたんだ一緒に読もう」  そんな様子を端の方から見守っていれば、ユーグリッドがにこりと微笑み手招きをした。ロベルトは嫌な顔をしたがエッダは一緒に手招きしてくれる。  エッダは可愛くて小さいが走り回るのが好きだったから、これ幸いとレオンが来ればユーグリッドの隣の席を譲って自分は庭へ遊びに行くのだ。  レオンはこっそりエッダから「お父様からユーグリッド様と仲良くするように言われているけど、本当は嫌だからレオンは協力してね」とお願いされていた。なのでレオンも遠慮せずにエッダの場所に入れ代われた。  読み始めれば最初こそユーグリッドとレオンの間に本は置かれていたが、次第に夢中になったレオンが読みやすいように置いた。  一生懸命本を読むレオンを幸せそうにユーグリッドは見つめる。集中しているレオンはそれに全く気付かない。  他の子どもが声をかけようとすれば「レオンの邪魔はしないでね」とユーグリッドが笑顔で威圧し追い払っていたので、気付けばテーブルには二人きりになっている。 「……レオン」  ふっとレオンが意識を本から現実に戻せば、物凄く近くに覗き込むユーグリッドの顔があって、彼の手がレオンの頭を撫でていた。 (あああ、また呼ばれてたのに気付かなかった!) 「ご、ごめんなさい。なんでしょうかユーグリッド様」 「ふふ、一生懸命読んでいたね。気に入ったならそれは暫く貸してあげるから持って帰っていいよ」 「ほんとう??!」 「ああ。大事に読んでね」 「はい!」  平民のレオンの家では高い専門書を買うことはできなかった。ユーグリッドから借りた本を家に持ち帰れば両親に見せてくれと懇願される時もあるくらいだ。両親が喜ぶのも嬉しいし、なによりも。 (やっぱり、本っていい匂いがする……)  本を開けるとふわりと香る良い匂いがレオンは大好きだった。  それを自分の家に持ち帰れるのが嬉しかったのだ。  この頃はこのいい匂いは本の匂いだと思っていた。だから「ユーグリッド様から本の匂いがするのは、本をいっぱい持っているからだろう」と思っていた。  自分が好きなのは本ではなくユーグリッドのαのフェロモンの匂いなのだと、レオンが気付くのは数年後のことである。
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