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5話
レオンは自分がΩだということに違和感しか感じていなかった。
知り合いも全員そう思っているだろうと思っていたが、Ωのレオンを受け入れて喜んだ人たちもいた。
託児所で一緒にいた年上や同い年のα数名とレオンの両親だ。
「Ωってなんかこう怖いんだよな。可愛すぎるっていうか、その点レオンみたいなΩが居るって判ってほっとしたよ」
同い年でαだったキースにそう言われて、そういう考え方もあるんだなとレオンも正直ほっとした。
だけど「結婚するなら可愛い奥さんがいいよな」とか「健康な子を産んでくれるなら顔はどうでもいいや」という他のαとの会話を聞けば、自分にはやはり子どもを産むしか価値がないのか、と大量の水を飲んだように胸が重苦しくなった。
「やっぱりレオンはΩだったんだね。可愛いからそうだと思っていたよ」
ユーグリッドは真っ直ぐレオンを見つめて嬉しそうにそう言った。
皆が「可愛くないΩ」と言い続けていたのを知っているから、そんな風にユーグリッドは言ってくれるのだろう。気遣いが出来る優しい人なんだとレオンは感動した半面、大好きな人にそんな風に気を使わせてしまう自分がみじめに思えた。
重苦しいそんな気持ちが何年も続いていたが、それを払拭してくれたのは両親だった。
Ωだと判っても両親はレオンへの態度を変えなかった。発情期やフェロモンについてなど、第二性の必要な情報を教えてくれたが「性別が何であっても知っておくべきこと」とその知識はΩの事だけに限らなかった。
13歳になる頃にはレオンは簡単な書類やデータ整理など、両親の研究の手伝いをしていた。
βにしては優秀な両親の子であるレオンもまた、Ωにしてはずば抜けて優秀な頭脳の持ち主だった。
「なあ、レオン。お前が良ければ将来、俺達と同じようにクリスタニア家の研究所で仕事をしないか?」
珍しく親子三人そろった食卓でレオンの父が真面目な顔で言った。
父はどちらかと言えばいつも笑っているような明るい人物だ。それが真面目な顔だなんて、レオンは初めて見たといっても過言じゃなかった。
そんな父が怖くて母を見れば、母は微妙に笑っていた。
苦笑ともいう。
「レオンは頭もいいし、根気強く物事を進められるから研究職に向いているわ。だからβなら迷わずに同じ道を進むように言えたのだけど……私は少し反対なの」
父の思惑は簡単だった。
クリスタニア家の家訓「実験体は己自身であること」を実行するにはどうしてもΩの研究者が足りないのだ。
研究者本人がそのメリットとデメリットを判ったうえで治験を行う。確かに大事なことだろう。両親はクリスタニア家の一族でなかったが、その考えに強く感銘を受けていた。
優秀な研究者はαが多く、それを支えるのがβだ。
不規則になる職業だからこそ、発情期などの生活に制約があるΩはあまり歓迎されていないし、その点を考えてまで雇い入れをするほど優秀なΩも少ないのだという。
さらに言えば番になったΩの治験を許可するαがほぼいない。
唯一、αの研究員の番は治験に参加してくれるが、それでも「他のαが作った安全性の不確かな物を自分のΩに飲ませたくない」と自分の研究以外は参加させない。しかし他のαもその気持ちは痛いほどわかるので無理強いは出来ない。
だからα用の抑制剤などは数が多いが、Ω用の物は数が少なかった。
それゆえ身体に合わなくても服用する必要も出てきてしまう。それをΩのレオンなら解消できるんじゃないかと、両親は期待してくれていた。もしかしたら「Ωが作った薬」であれば頑ななαも協力してくれるかもしれない。
Ωの発情期と同じように、α同士の牽制はαにとって抗えない厄介な習性なのだ。
両親からそんな話を聞いた時、レオンは雷に打たれたような衝撃を受けた。
父が自分を実験体にしたいと目論んだことが悲しいのではなく、優秀な研究者の両親が自分の才能に期待してくれていたこと。さらに見てくれが悪くて子どもを産む以外にΩとしての価値を見出せなかった自分にも、Ωとして出来ることがあると知ることができたからだ。
「父さん、母さん。俺、クリスタニア家にお仕えして立派な研究者になるよ!」
レオンがクリスタニア家の研究員になる話はトントン拍子で進んだ。
本来であればΩは15歳から二年間Ωだけの学校に通う。もちろん拒否する事も可能だが、学費や寮代は一切免除の花嫁花婿修行の場所だ。卒業後の進路はおおよそ貴族へ嫁ぐことになる。ただで学べ将来の玉の輿も期待できるとあれば行かない者の方が少ないと言われている。
だがレオンはΩの学校ではなく、貴族子女の通う上級学校に入学した。
研究職に就くのに必要な知識を得るためだ。αが半数を占め、その知性についていけるβと、将来の有望株を我先にと狙う貴族のΩが通う学校である。
Ω、というだけで番を物色しに来たと好奇の目を向けられる校風は最悪としか言いようがなかった。
一学年上に在学していたユーグリッドはレオンが上級学校へ進学する事を反対したし、Ωだけの学校へ行くように説得した。この頃はユーグリッドとレオンの関係も友人といった仲の良いものだった。
だがその諍いでレオンはユーグリッドまでΩを「子どもを産むだけの存在」として見ているのかとショックを受けた。ユーグリッドは校風を知っていたから、そんな場所にΩのレオンを入学させたくないだけだったが、それをレオンに伝えることはしなかった。
ユーグリッドは反対したが、レオンと同い年のクリスタニア家の次男も入学をするということがレオンの後押しとなった。
ユーグリッドの弟、セルトレインもΩなのだ。
レオンはそれまでセルトレインに会ったことはなかったが、クリスタニア家の者としてΩ同士、息子と学校に通って欲しいとクリスタニア侯爵から直々に頼まれたら断ることなど事実上できない。
むろんレオンは断るつもりもなかったので喜んで拝命した。
初めて会ったセルトレインはそれはもう、小さくて可愛くて絶対に守ってあげなくちゃ! とΩのレオンですら思うほど愛らしい少年だった。
しかしセルトレインは見た目からは想像できないほど豪胆で行動力があり、ちゃんと相手を疑うことも知っていた。むしろ人が好く、騙されそうになるレオンを守っていたのがセルトレインである。
陰ながらなのでレオンは知らなかったが、ユーグリッドとセルトレインの婚約者である同学年のαにも守られて、上級学校での日々を無事に過ごした。
結果としてレオンは上級学校を優秀な成績で卒業した。
研究者として家業に関わりたいと頑張っていたセルトレインも、下手なαよりもよっぽど優秀な成績で学校を卒業した。
さすがクリスタニア家に関わる人間だ、と上級学校でのΩの地位向上を果たした二人をクリスタニア侯爵は大いに褒めてくれた。
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