6話

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6話

「あれ、レオン。今日ってまだ発情期じゃなかったっけ?」  金の髪はさらさらで青い瞳はくりッと大きい。赤いくちびるや鼻の位置も絶妙で、美少年としか言いようもない同僚が研究室に入れば声をかけて来た。  この研究所を所持しているクリスタニア家の次男、セルトレインだ。現在はレオンと一緒にΩ用の薬の研究をしている。 「昨日終わったから」 「ええ、それならもう少し休んでればいいのに顔色悪いよ……んー兄さんの匂いがする」  セルトレインはついでにとレオンの分のお茶もいれ、カップを机に置きつつ首筋に顔を寄せて匂いを嗅ぐ。レオンはこれには苦笑するしかない。ユーグリッドは優秀なαだから、服などの残り香でもそれこそ優秀なΩには感じさせる匂いを残せるのだろう。  レオンはユーグリッドと既に一週間以上会っていない。発情期の数日前に「次の発情期はいつだ」と聞かれて答えただけだ。的確にいつも数日前に聞いてくるのでユーグリッドの方でも把握しているのだろう。  机に積まれた資料を確認しながらレオンは気持ちを切り替える。  最近はΩ用の避妊薬の改良をしている。今主流の薬は効果に問題はないものの、服用後の体調不良が問題になっていた。  元々女性用の避妊薬を使用したら効果があったので利用されている薬だ。Ωが発情期に長期服用すると不調の症状が現れると報告書には書かれている。特に男性Ωにその傾向が強い。  番が居れば発情期に毎回求めあうのは自然だし、だからといって毎回孕むわけにもいかないだろう。不調と言っても数日間の苦痛で済むようだから今まで(ないがし)ろにされていたが、セルトレインがこの不調を強く訴えるようになり開発に着手する事になった。 「レオンは今も発情期の記憶なくなるの?」  ぺらりぺらりと資料をめくっていればセルトレインが声をかけてくる。この研究室の室長はセルトレインで、少し離れた机に座っている。他にもβの研究員が二人所属していたが今は席を外しているようだった。 「うん、覚えてない」 「本当に……?」 「? ああ、覚えてないって。セル、なんだよ急に」   レオンにとってセルトレインは伴侶のユーグリッドよりも親しい相手だった。学校時代の親友ということもあるが、Ωとしての相談事もセルトレインには出来ると言うのが大きい。 「ううん、記憶ないのって辛くないのかなって」 「何をいまさら。前にも言ったけど一人でやってるのなんて覚えてない方が気楽でいいよ。覚えてたら……絶対に死にたくなる」 「そ、そこまで嫌なの?」 「前にも話したことあるけどさ、多分これって防衛本能なんだよ」  Ωには一定数、発情期の記憶がなくなる者がいることが報告されている。原因はさまざま推測されているが主流は「本能が強くなり生殖行動だけを行いその他の機能が欠落する」というものだ。だから認知機能が落ちて記憶がない、正確には記憶をしなくなるといわれている。  だが、数少ないΩの研究者による推測は異なる。それがレオンの言った「防衛本能」である。  Ωは発情期に生殖行動以外の機能が大きく失われる。その代りαと交わればほぼ確実に妊娠する事も判っている。  その獣の様な自分の姿を認識しないため、または過去、子どもを孕む道具のように扱われたΩが、その記憶を失うことで心を守り、それが出来た個体のみが子孫を残せた名残だ、というものだ。   「ううん、うーん……」 「セルみたいに番と円満ならね、覚えてる方が幸せだろうけど。俺の場合は……ね?」 「はぁ…全く兄さんは何をしてるんだか」 「ユーグリッド様がしっかり仕事してくれているから俺達ここで働けてるんだろ」 「うーっ!! そういう意味じゃないし!! でも嫌でも、今研究してるお茶は絶対に試してもらうからね!」 「はいはい、それは仕事だからちゃんとやるから安心して」  かわいい子は何をしても可愛いなぁ、なんてセルトレインがぷんすこしている姿を温かく見つめていれば視線が合った。 「どうせ今日も研究所に泊まるつもりでしょ?」 「え? ああ、うん。気になる実験もあるし……」 「実験はずれ込むのも計算して明後日まで保留に出来るでしょ。今夜はうちに来なよ。子ども達もレオンに会いたがってるし、コーディが夜勤だから寂しいんだ」  ね? いいでしょ? と可愛らしくお願いされればレオンは嫌とは言えない。  レオンは研究を諦め、セルトレインの屋敷に行くことにした。  
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