いつかまた2人で。

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満開の桜の木の下で、私は先生に告白した。 歳は20も離れてた。でも本気だった。大学1年の頃からアピールしつづけて、4年、どうしても諦められないと卒業時にまた告白した。 同い年の男の子は皆子供に見えて、人生相談とかのってくれた先生は格好良くとても魅力的だった、研究室で大量の本に囲まれて、一人で窓からの陽気をあびながら、ゆったりと笑う、その時間に、空間に、ときめいてから私はとまらなかった。 ー……そして、ついに。 君の気が変わるまでなら。と私は受け入れてもらえた。 親とそんなかわらない年齢の人と、と私の両親は猛反対していた。 けれど、恋は障害があればあるほど、燃え上がる。 都会から少し離れた、家賃の安い駅に二人で住んで 私達はハッピーエンドをむかえた。 そして、私はいまは齢48………… 旦那は、68歳である。 「みーさーとさーん、朝ごはん食べる?」 食べる、と弱々しい声が返ってくる。季節の花を見に登山が好きだった彼は、3年前にそれで転び、いまは車椅子生活だ。そうやって思うように動けなくなったのが、よくなかったのか。段々物忘れが増えてきて、会話も噛み合わないことが増えた。 「あれ?またみりん増えてる」 「…………ミナちゃんがないって言ってたから買っといたよ」 「もー、私が買うっていったじゃん」 みりんが3本もある、収納スペースにおさまろうもない。 私の今の生活をみたら 年の差婚なんてやめなさいとだから言ったのだと両親は呆れ、友達はそりゃそうだというだろう しかしそういう私の未来に口うるさい人たちとは皆縁を切った。 べつに後悔はしていなかった。たとえ愛するみさとさんと別れることになってもあなたたちが正しかったよ〜ごめんなんて私のプライドが言いたくはない。それに結果が悪くなったからと言って課程まで否定されたくはない、私は確かに素敵な恋をしたのだから。 ニュースで、桜満開のテロップが。 そのあとすぐに強い雨の予報。 「まーたすぐ散っちゃう」 「そうだねえ、ミナちゃんとその前に見に行きたいねえ」 「……そうだね」 十年前は、桜のたびにデートしてピクニックをしていた。子供はいなかったが楽しかった。 親子?と、不思議そうに見る人が多いけれど私たちの関係は私たちだけがわかってればいいと思った。 桜モチーフの手作り和菓子をサプライズでくれて、ビニールシートの上、食事会はおおいに盛り上がった。 けれど怪我をしてからは…… (せっかくのデートの誘いだけど 車椅子を押して外出手伝うの面倒だから、今年は見に行かなくていいよ) 私の思考がどんどん出不精になっていく。 でもさ、だって、仕方ないじゃん。 元気よく、うん!桜見に行こう二人で ていうほど精神的に余裕ないんだからさ。 地震がきたら崩れそうな、斜めった木造建築。洗濯物が干しつらくて、窓からみえるのは向かいの新築だけ。 道路で近所の子どもたちがキャッチボールをしている。ひどくうるさいが、公園へ行けよというにも公園もない、そんな駅。 私はぼんやりとベランダでミルクティーを飲んだ。 私がこうやってると、みさとさんは自分もミルクティーをもってよく横でくつろいでた。 今は自力で2階にこれないし ベランダには1人きりだ。1人きり、まだ生きてるはずの彼と同居してるはずなのにそう思う。 にぎやかな声が聞こえる。 道行くカップルが、十年後何してるとおもう?という会話をしているようだ。 若いなら色々可能性はあるが、私はあとはみさとさんを看取って、なにもないおばあちゃんとして死んでいくだけだろう。 みさとさんはお金を多く用意してくれてるので お金に困る気は今のところしていない。 多分、これで、充分贅沢なんだろう。 花弁が舞い、私の手のひらに落ちた。 春の陽気は好きだ。 不便だけどこの家は好きだ。 もうろくに話したり遊んだりできないけどみさとさんのことも好きだ。 強がりじゃない、本当に、本当。 「ミナちゃん、ごめんね こぼしちゃった、ふいといてくれる?」 「ミナちゃん、ごめんね」 「本当にごめんね」 さらに何年かたって みさとさんが話してくれる内容は謝罪ばかりになり、私の口数も減った。 誰もなおそうとしない時計の秒針はぷるぷると震えながらいったりきたりを繰り返している。 正直へとへとで、そろそろ介護のサービスでも雇うかと思っている。 いや、でもどうなんだろ 愛してるんだったら最後まで自分の手で面倒みるべきなんだろうか。 愛してるんだったら…… 愛…… 自分のことなど…… 我慢して。 常にイライラしはじめた私を、みさとさんは悲しそうに見ていた。 そのうち、徘徊がはじまった。 週一で探しては近所の人に頭を下げ連れ戻す。 大変そうねえ、親子? え?夫婦? うるさいと思いながら逃げる。 迷惑、迷惑、迷惑。 なんで付き合ったんだろ自分 存在がもう迷惑だ。 パート帰り、またどこにもいなかったので お茶でも飲んでから探しに行こう、と思った。 その時、机の上に一通の手紙があるのを見た。 『もう自分の頭に自信がないから支離滅裂な文になってしまっているかもしれないけれど……』 と そこには死後の相続とか 銀行口座とか あと、私に内緒で毎年私の家族と手紙でやりとりしていたことなどつらつらと業務連絡のように書かれていた。 『ミナちゃん 結局最後まで寄り添ってくれてありがとう 迷惑ばっかかけちゃったね こうなることはいつかわかっていたのに、自分のほうから手を離す勇気もなく 君に任せ続けてきた、君はここからでもあらたな人生を歩めるよ、素敵な人だから。 愛してる、今年の桜はきれいだよ もう一緒にとは言わない 一人で見に行こうと思う。 ありがとう、さようなら』 「え……」 まだ手紙の文は続いていたが読んでる最中で明確な意志をもっていなくなったのだとわかり、私は飲みかけのお茶をおいて外に飛び出た。 スプリングコートがなびく。 よく二人でみにいっていた 近くの、大きな桜の木の下へ。 ライトアップがされている、若者が写真を取っていて、騒がしい どこにいるの? どこにいったの? (一人でなんていかないで) 本当に?私は疲れていた 一人になりたいと思っていた (迷惑なんかじゃない、私も愛していた) 嘘だ、勝手に面倒をみて 勝手に面倒くさい、迷惑だと思い続けた。 手紙をひらく、最後の文を読む 『離さないことだけが愛じゃない 離すことも愛なんだ 大丈夫、誰に責められようと僕たちが恋したことは間違いじゃない。 僕は幸せだった だから大丈夫。 君は気にせず いっぱい学んで、泣いて、笑って 人と付き合ってほしい そして 遠い未来、君がきたら、また一緒に桜を見よう』 花弁がこぼれる雫に手のひらで濡れて その色を濃くする あの人は、もう、どこにもいなかった。 end
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