ひとこと

颯真は自転車で人とぶつかり、転倒させてしまった。私にイヤホンを咎められた十分後のことだった。
　颯真は音量をかなり大きくして、最近お気に入りの女性グループの最新曲を聴いていた。
　気分も上がり、スピードを出していたかもしれないが、よくわからない。颯真は警察にそう話したらしい。
　転倒させてしまったのは、颯真や私より三つ年下の二十五歳。女性。
　ただ転んだだけなのとは衝撃の度合いが違いすぎる。スピードを出していた自転車が人間にまっすぐぶつかってきたのだから、単純な擦り傷程度で済むわけがない。
　彼女は左大腿骨を骨折した。
　若い年齢の人が骨折するのは珍しい箇所ではある。ただ、彼女は高校一年から不登校になり、就職も進学もしていなくて、引きこもりではないが、あまり家から出ない生活を十年送っていた。体は実年齢よりかなり衰えていたそうだ。
　これから起訴になるのかどうか、先が見えないまま、颯真は被害者のお見舞いにほとんどの時間を費やした。