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大晦日の日。
予想通り、お客さんは多かった。
あちこちで幼児の泣き声が聞こえる。
親が年末年始の休みになり、子供も冬休み。
外で遊ばせるには寒すぎる。しかし思いっきり遊ばせないと、子供は有り余ったエネルギーを発散させられない。親は仕方なく、室内で安く、たっぷり遊べるところに子供を連れてくる。それが室内キッズ広場だ。
「スタッフさーん。子供が漏らしちゃったんですけど〜」
「おねーさん。うちの子、よその子とぶつかって、吐いちゃったんですけど、拭いてもらえます?」
「ねえ、お店の人〜。順番を守れなくて、周りの子を殴る男の子がいるんだけど」
開店から閉店ギリギリまで、クレームと子供の泣き声しか耳に入って来ない。
つ、疲れた。赤字でいいから、閑散とした平日に早く戻りたい……。そんなことを思ってはいけないのだが、経営者でない私はつい、そう願ってしまう。
本来いるはずだった颯真がいない状態でお店を回すのが、そもそも無理なのだ。
「店長。明日、休みたいです……。体中がミシミシする」
バイトさん達が帰り、社員の私と店長だけになった事務所で、私は机に突っ伏した。
「高橋さん、ごめん。ちょっと腰に湿布貼って」
ズボンをずらして、湿布を一枚ひらひらさせている店長を見ると、疲労が一段と増した。実家のお父さんを連想させる。
「情けないお姿で……」
湿布を貼ってあげて、その上からバシッと平手で叩くと、店長は
「あうっ」
と呻いて、痛がった。
「う〜、ありがとう。助かった。高橋さん、気をつけて帰ってね」
「え?店長、帰らないんですか?」
「まだ滑り台の消毒拭きが残ってるから」
「えー!それって、下のボール拭きも?」
「うん、まあ……」
私はため息をついた。
「……私もやります。二人でやったほうが早いんで」
もう……颯真のやつ。繁忙期前に事故なんか起こしやがって。
颯真はだんだんお見舞いばかりになり、あまり仕事に来なくなった。私に連絡はほとんどない。私からメッセージを送ると既読にはなるが、返事は二、三日後。ひと言、『大丈夫』とか、『元気だよ』とかいう、よくわからないものだけだった。職場では一度も顔を合わせていない。もちろん、約束していた早めのクリスマスデートは消滅し、渡すはずだったリュックは私の部屋の押入れの隅に追いやられた。
私は薄めた消毒液を布にスプレーし、ボールを一つ一つ丁寧に拭いた。
滑り台を降りたところの、砂場に見立てたボールスペース。そこに店長と向かい合って、黙々と柔らかいボールを拭いた。私は、これが年越しになるのかなあ……とぼんやり思った。虚しい……。
「高橋さんてさ」
店長がボソっと呟いた。
「はい?」
「紅白、観る人?」
なんだ、その質問。
「NHKの、ですか」
「うん」
「観ません」
沈黙。
店長、なにか話さなきゃ、と思ったけれど、思いつかなかったんだな。別に沈黙のままでいいのに。仕事をしているんだから。
それでも、今度は私から尋ねた。
「あの」
「ん?」
「颯真がもし起訴されたら、どういう罪になるんですか?」
店長は顔を上げ、厳しい視線を私に向けた。
「『重過失致傷罪』だと思う、たぶん。詳しくはわからないけど」
店長は即答した。おそらく颯真を心配して、いろいろ調べたんだろう。
「起訴されたら、本社って颯真をどうするんですか?」
「わからない……。でも不起訴になるかもしれないし」
「そうなんですか?」
「事故後の市原の行動や相手に対する処置は非常に良かったし。それに毎日お見舞いに行って、世話をしてるそうだよ。そういうところを考慮してもらえるんじゃないかな」
そういうものなのか。
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