7人が本棚に入れています
本棚に追加
仕事が終わり、外に出ると、真っ暗だった。
「陽が暮れるの、早くなったね」
冬至まであと一週間。
「明日の夜、大丈夫だよな?」
颯真(そうま)が自転車の鍵を外しながら、言った。
「うん」
明日は颯真も私も早番で、そのぶん早く仕事をあがれる。そのあとは久々のデートで、一緒に食事をする約束をしている。クリスマスが近いので、お店は予約しておかないと入れない。颯真が予約してくれたことが、私は嬉しかった。
「明日、生パスタの美味しいお店だよね」
「うん。菜々子(ななこ)の好きな、渡り蟹のトマトクリームパスタがあるお店。『市原』って。俺の名前で予約したよ」
颯真は照れながら自転車にまたがると、コートのポケットからイヤホンを取り出した。
「それ、やめなよ」
思わず言葉がきつくなった。
「なんだよ」
颯真が明らかにムッとした。
「自転車に乗ってまで音楽を聴く必要ないでしょ。危険だからやめてって、私、何度も言ってるよね」
「母親かよ。うざ」
その颯真のひと言に、私は傷つく。毎回。グサッと刺さる。痛い。
「周り、見えてるし。音楽を聴くくらい、いいじゃん」
「無意識に耳から入る情報に頼って自転車を漕いでるんだよ、私達は」
「ちゃんと聞こえてるし。これ、オープンイヤー型のイヤホンだから。じゃあ明日」
颯真はめんどくさい会話から逃げるように、駐輪場を出ていった。
颯真が少し前にオープンイヤー型のイヤホンを買ったのは知っている。耳の穴を塞がないので、周りの音がちゃんと聞こえるということで、人気のイヤホンだ。
大丈夫だよね……。
私は不安な気持ちを打ち消すように、明日のデートのことを考えた。
明日はちょっと早いクリスマスデートだ。プレゼントはもう用意してある。スマートなデザインのリュック。自転車通勤の颯真には必需品。どうせならかっこいいほうがいい。気に入ってもらえることを願う。
最初のコメントを投稿しよう!