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時代物風
私が旦那さまのお手伝いをするようになって、二年ほども経つでしょうか。
長屋住まいで代書をして日々を暮らす旦那さまに、人を雇うような稼ぎがあるとは思えません。
元は右筆という職についておられたようなのですが、今はくにを離れ、事あるごとに仕えているお殿さまにこちらの状況や珍しいものを送り届けているらしいことを知りました。
旦那さまがお金の苦労をしているわけではなさそうなので、ひとまずは安心してもいいのでしょう。
旦那さまはおどろくほどお掃除ができません。
たんすの上から物が転げ落ちてくるのもよくあることです。
そんなあれやこれやを拾い集めている時のことでした。
私の手のひらほどの大きさの、見たこともない絵と文字の描かれた紙がたくさん。
ふと見上げると、旦那さまが立っていました。
恐ろしい顔をして大きい人ですが、これほどに険しい顔を私に向けてきたことはありません。
思わず足のすくんでしまった私を見て、旦那さまは小さくすまなかったとつぶやきました。
「おふみ。これから言うことをよく聞いてくれ。おまえは今見たものを忘れるんだ」
「なぜですか」
このことは教えてほしい、と私は食い下がりました。
長い時が過ぎて、やがて旦那さまは観念したように口をひらいたのです。
「南蛮渡りのご禁制の品だ。おふみ。何があってもこのことに触れてはならない。骨牌というものだ。賭博に使われるのでな、お上からは何度も禁じられているがこういうものはなくならない」
「旦那さまは、わるいことをしたのですか?」
「ああ。これを持っているというだけでその身を滅ぼすというまじないがかかっている。もう何人も吞み込んだいわくつきの品だ。誰も持ちたがらないのでな、俺がこうやって持ち歩いている」
「旦那さまは何ともないのですか?」
私はおそるおそる聞きました。
「特に何ごともなく生きているな」
旦那さまのお顔はもういつもどおりで、お話が本当なのか嘘なのかよくわからないままなのでした。
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