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アオンネットスーパーの人気の秘密は、一部の商品の産地が選べる、どのような地域でつくられているかが明確なので食の安全が保証されているなどが挙げられるが、一番は”謎肉シリーズ”だろう。
そのシリーズにサガリ、カルビなどの特定部位が登場した。謎肉とはそもそも合挽きの名称。
なのに特定部位が登場したことにネット民がわいた。
SNSなどでは「謎肉の正体は?」的な動画がはやっている。中には謎肉とは人間の肉だ、いやミミズ肉だ、と告発形式で動画がアップされたりもした。
さすがにそれは荒唐無稽だろうと、誰もが思ったが、それぐらい反響の多い商品ということの証左なのだ。
〇〇市も産地ということで有名になり、郊外には大型ショッピングモールが進出することになった。謎肉御殿と皆がよんでいるらしいことを高校の同級生たちから聞いた。
その一人の高橋から「今度、出張でそっちに行くことになったから一杯やろう」といった趣旨のメールをもらった。高校卒業後も〇〇市に残った高橋だったが、謎肉ムーヴのおかげで羽振りが良いみたいだ。
あと今まで知られていなかったことではあるが、〇〇市では独居老人や身寄りのない人を保護する施設が数年前から稼働しており、孤独死ゼロ、生活保護者ゼロといった福祉政策を行っているらしかった。
「支店長、知ってます?」もう少しで定時、という時にそう話しかけてきたのは大学の後輩で副支店長でもある伊藤だ。
「ああ、聞いているよ」斉藤はPCの電源をおとしながら返事をする。
「―――だからネットスーパーで注文する時はそういった覚悟も必要ということなんですよ」
まぁ、伊藤が言うことにも一理ある。
伊藤が主張するのは食肉についてである。伊藤は極度のベジタリアン、ヴィーガンというやつだ。動物性たんぱく質は牛乳も含めて一切食べないという主義を徹底して実践している。
そういう者にとって謎肉などというのは言語道断だろう。
伊藤が言うには誰かがネットスーパーで簡単にポチるだけで、たったそれだけで殺される命がある。「食」というものが生きるための手段としてではなく、娯楽として、一種の楽しみとして、グルメなどと称して広く社会に浸透してしまっている。それは同じく生命があるものとしてどうなのだ? と、いうことだ。
わかるけど、わかるけど―――しかしである。
不味いものよりは美味いものを。不健康なものよりは健康的なものを。
これらを追求すること自体は決して悪いことではないだろう。
いやいや、そもそも考えすぎなのだ。太古の昔は自分たちで狩猟をしていた。それが現在ではそれぞれに分業しているだけ。
食べるために育るという行為に疑問を感じるということは理解できるが、それだって畜産業に携わっている人たちが大切に育てているから安全で健康的な食に通じている。
考えすぎると哲学的にも宗教的にも深いテーマのような気がするものの、エネルギー循環から考えると生き物は他の生き物を食べることでしかその補完ができないという現実がある。である以上、伊藤の主張は正しいことのように見えるがそれだって結局はただのエゴに過ぎないのだ。
などともっともらしく言っているが要するに今日は早く帰って、届いているはずの謎肉カルビを食べたいだけ。
そんな中、高橋が行方不明になっていると報じる記事が夕刊の片隅に小さく載っているのを見つけた。
通勤で使用しているバスの中で誰かが置き忘れたものだった。
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