かいてきネットスーパー

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 アオンネットスーパーの勢いは止まることを知らない。  今度は謎肉カルビ、謎肉サガリの他に謎肉ラム、謎肉マトンが追加された。  もうそれはただのジンギスカンだろうと思うのだが。  謎肉ラムは柔らかめのお肉。ラム同様に若い個体を使用している。それと同じように謎肉マトンは成体を使用しているということだ。もう完全にジンギスカンだな。  よく見るとおすすめ産地は〇〇市ではなく、■■市になっている。■■市は斉藤のマイホーム、妻のカヨコと一人娘のマイが住む街だ。  言われてみると郊外に牧場があったような気もする。  斉藤は早速ラムとマトンの両方を注文した。 「どう? 単身赴任は慣れたかしら?」画面の向こう側に妻のカヨコが映っている。無料SNSアプリのアオンネット。ガラケー世代からすると活気的な代物らしい。斉藤の両親はアオンネットは無料だと言っても、いや有料だ、といってインストールしてくれない。  その代わりに話し放題プランに加入しているが、そっちの方がはるかに高いということを全く理解していないのだ。 「まぁ、ぼちぼちだよ。離れているとは言っても3時間程度だから。そうだ、今度こっちに遊びにおいでよ」  高橋のことは気になっていたがカヨコに言っても仕方がない。結婚式の時に会った会わなかったか。会ったとしても覚えていない可能性もある。  そうであれば特段、話題にすることでもないだろう。 「いいわね。電車ならすぐだし。温泉が有名な街よね」などとこちらでのお楽しみプランを練ることになった。  マイも学校にもすっかり慣れたということだ。もっとも幼稚園の頃からの友達がそのままスライドしているのであまり心配はしていない。 「そう言えばこの前、国道でトラックが横転したでしょ?」そういう事件もあったかな? 「その時に豚さんたちがたくさん道路に放り出されちゃってね。それでそのニュースの内容を学校の社会の授業で取り上げたらしいだけど」うんうん、それで。 「先生も半分は冗談だったらしいんだけど、この豚さんたちはシャ〇エッセンになります、なんて言ったらしいの」それは随分と微妙な表現だなぁ。 「でしょ? それでマイは少しだけお肉が苦手になっちゃったの」そうなんだ。その豚って本当にシャ〇エッセンになる予定だったの? 「それが本当らしいのよ。その辺はさすが先生ってかんじよね」それはそうだが。 「しかもその後に社会科見学で加工肉工場を見学に行ったの。さすがに屠殺場の見学はしなかったみたいだけど」  昔、小学生の時だったか。斉藤も加工肉工場見学に行ったことがあった。屠殺場の見学はなかったが、その際に職員の人から自分たちが食べている肉がどうやって”お肉”になっているのかを聞いたことがあった。  昔、某名門大学に通う学生さんに魚や鶏はどういうものか描いてください。質問した時に切り身やスライスされたお肉を描いた者がいたとかいないとか。  現実問題として牛や豚は屠殺、つまり殺してさばいて、肉にする必要があるのだ。  昔聞いた職員の人の話だと、屠殺される牛や豚もその日の朝から何かがいつもと違うということを察するらしい。  普段と同じように丁寧にブラッシングをされ、素材にこだわったエサを食む。しかし、世話をしてくれる人の目や言葉がいつもと違い何かもの悲しい。  その事に牛や豚とて気づくと言うのだ。  豚は犬なみに頭がいいという事をその時に聞いた。  いつもなら素直に言う事を聞くものらしいのだが、その時は頑として動かないらしい。何年もかかって家族のように育てられた牛や豚には人の言葉がわかるのか、とにかくもうお別れするということを理解しているらしいのだ。  屠殺場に向けて出発する車に乗りたがらない。  大人しく乗ったとしてもまだ終わらない。  屠殺するための施設に入れなければならない。  施設内に入ってもそれで終わりではない。  四肢を固定し、キャプティブボルトと呼ばれる屠畜銃を眉間に打ち、失神させて片足を吊り上げにし、逆さ吊りにする。そして喉を切り裂いて失血死させるのだ。今は電気ショックという手法もあるらしい。即死させずに失血死させるのは、生きたままでないと血が抜けないから。  こんなに詳細な説明をコンプライアンスとか情操教育だと言われる昨今の社会科見学ではなされないかもしれない。が、昔は結構教えてくれたものだ。 「まぁ、気持ちはわかるよ」 「じゃあ、来週たのしみにしているわ」  電話は終わったが何か釈然としないのは昔のことを思い出したからだろう。それに謎肉ラムに謎肉マトンはもう注文済みなのだ。  感謝の念をもっておいしくいただけば良い。  それが生きるということだろうと斉藤は思い直した。  
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