かいてきネットスーパー

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「じゃあ、行ってくるよ」 「毎週、土日には帰って来るんだよね?」と、娘のマイの言葉が心に刺さる。 「毎週は難しいかな? でも、来週はカヨコの入学式だから帰って来るよね? ねぇ、パパ?」妻のカヨコ、ナイスアシスト。 「そうだね。来週は帰って来るよ。そしたら庭でバーベキューでもしようか?」  わーい、わーいと喜ぶマイ。子供の成長は早い。マイは春から小学一年生だ。  斉藤シンジ、38才は今日から単身赴任生活となる。  働き方改革、ワークライフバランス、コロナ禍などで引っ越しや出張が以前よりは減少したものの、人事交流という名目で県を跨ぐ人事異動はそれほど珍しいものではない。  斉藤が務める会社もその一つである。  異動先と買ったばかりのマイホーム(残りのローン30年)の距離は200kmほど。車で移動すれば3時間ほどだ。  正直、3時間の通勤時間は都内ではそれほど珍しくもないらしいが、この地方では冬に雪が降る。そうすると高速道路が止まるし、公共交通機関である電車、バスも止まってしまう。  斉藤は異動とともに小さいながらも支店長に昇進していた。支店長が毎回雪が降るたびに遅刻や休みというのはいかがなものかという理由から泣く泣く単身赴任をすることにしたのだった。  「じゃあ」「バイバイ」「気を付けてね。着いたら連絡して」などとやりとりをして車に乗り込み家を出た。家を出て最初の信号でつかまった際に「ふぅ、やれやれ」と、ため息が漏れる。  さびしいと言えば、さびしい。結婚してから一度も離れたことがなかったから。愛娘の成長を間近で見れないことも、もの悲しい気分にさせた。  しかし、それよりも面倒な事がある。 「一人暮らしかぁ。買い物とか面倒だな」  明日からの実生活において最も深刻なもの。それは掃除、洗濯、食材の買い出しなどの家事全般である。  信号が青になり、発進する。  アクセルを踏みつつ、「料理は得意なんだけどなぁ。洗濯もコインランドリーとかあるし」斉藤は道路わきに建設されたスーパーの看板に目をやる。 「スーパースエヒロ 24時間オープン」という文字が目を引く。店は24時間ずっと開いているらしい。  近くああいうのがあれば、仕事帰りに買い物して帰る感じかな、とひとりで納得した。まぁ、車もあるし、なんとかなるだろ。でも、仕事が長引いたあとはこたえるな。少しでも早く帰りたいし、開いているスーパーが少しでも遠いと10分、20分はかかるだろう。そうなると土日に買い溜めかな。  などと考えているとまた信号につかまった。対向車線にはトラックが同じようにつかまっている。 「アオンネットスーパーの”かいてき”宅配車」最近よく見かける大型量販店であるアオンが展開するネットスーパー”かいてき”の宅配車だ。”かいてき”とは展開する事業名のことだ。  天啓―――その手があったか! ネットスーパーなら事前注文だし決まった日にくるから冷蔵庫の中で人知れず賞味期限を迎える不幸な食品を出さずに済むし、なにより買い物という煩わしい家事の一つが解決できる。  斉藤は単身赴任で借りたアパートに着くと、早速アオンネットスーパーによる宅配を契約した。  商品を見ると野菜や肉などの一部には産地が選択できるサービスがある。黒豚で検索すると「宮崎県 都城」といった具合だ。  その中で一際目立つのが「謎肉」というカテゴリーである。某カップラーメンにも入っているあれか? と思いつつ、説明文に目を走らせる。  謎肉はさまざまなお肉の合挽き。ハンバーグ、餃子、キーマカレーなどなど、さまざまな料理に活用できるアオンスーパーがおすすめするネットスーパー限定商品、とある。  おすすめ産地は「●●県 〇〇」、これは斉藤の実家がある地域だ。  そういうのあったかな? とは思ったが大学進学を期に実家を離れた斉藤にとっては今の〇〇市の主産業はよくわからない。おおかた、地方再生プロジェクトかなんかの一環か、ふるさと納税の返礼品のために商品化したものだろう。  斉藤は謎肉をポチり、明日の初出勤のために早めに休むことにした。
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