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 お庭では、珍しい方に遭遇してしまいました。うーさんは、警戒しているのでしょう、勢いよく足ダンしております。 「あら、元婚約者さまではありませんか。一体どうやって離宮から抜け出したのです?」 「ジュリアは今日も辛辣だなあ」 「では、元王太子殿下。本日は何用でございましょう」 「まじで勘弁してって。アーネストって呼んでよ」  へらへらと笑うアーネストさまの姿に、思わずため息をつきたくなりました。 「アーネストさま、また何か悪いことをしていらっしゃるのですか?」 「俺は別に何も悪いことなんてしていないよ?」 「アーネストさまに悪意がなくとも、実際に大変なことに発展した事例は枚挙に暇がありませんから」 「俺の信頼がなさすぎて泣けてくる」 「私を偽聖女呼ばわりして婚約を破棄したあげく、最終的に王太子の地位と王位継承権を失っているのですから、信頼なんてあるわけがないでしょう」  やれやれと肩をすくめながら突っ込めば、うーさんも不満そうにぶーぶーと鼻を鳴らしています。 「ジュリアは、なんで俺がジュリアのことを偽聖女呼ばわりしたと思ってんの?」 「それはアーネストさまがお馬鹿さんだからではないでしょうか?」 「大正解~」 「は?」 「俺、馬鹿だからさ、俺が国王になるのは無理だろって思ってはいたんだよね。でもさあ、父上の息子って、俺しかいないわけでさ。普通に譲るって言っても、断られちゃうし。叔父上に相談しても、馬鹿なことを言うんじゃないよってたしなめられるし。ああ、もう、思い切り馬鹿なことしなくちゃ駄目なのかなあって思ってさ」 「待ってください、それじゃああなた方のバカップルのような振舞いはすべて計算の上で?」 「基本的には自由に振る舞っているだけ」 「ただのぽんこつバカップル!」 「でもさ、あの子はいつでも楽しそうに笑ってくれるんだ。彼女の笑顔のためなら、なんでもやりたくなっちゃうんだよね」  婚約中は見たことのない穏やかな瞳に、少しだけ目を奪われてしまいました。 「ジュリアはさあ、我慢しすぎなんだよ」 「自由奔放なアーネストさまには言われたくありませんわ」 「俺は、じっと我慢して自分の気持ちを閉じ込めてしまうジュリアよりも、気持ちが口からダダ漏れの子の方が可愛いの……って、いだ、痛い! うわ、うさぎに噛まれるのめっちゃ痛いんだけど! 何これ、最悪!」 「まあ、うーさん。アーネストさまを噛んではいけません。ばっちいです」 「むしろ動物に噛まれて危ないのは俺の方じゃんかよ! 叔父上、俺は別にジュリアを貶めたつもりはありません。俺にとっては欠点に見えるジュリアの我慢強さは、叔父上にとっては愛らしい美点なのでしょう? 蓼食う虫もすきずき。それでいいじゃありませんか。って、いっでえええええ! これ絶対、本気で噛まれてる!」  がじがじとアーネストさまを攻撃しつづけるうーさんを止めようとして、気が付いてしまいました。アーネストさま、うーさんのことを「叔父上」と言ってはいませんでしたか。 「アーネストさま、どういうことなのでしょう?」 「何のこと?」 「先ほどアーネストさまは、うーさんのことを叔父上と呼んでいましたが」 「ええと、それは、あの」 「このまましらを切るおつもりでしたら、私もそれなりの対応を取らせていただきますわ」  私の本気を感じ取ったのか、困ったようにアーネストさまは頬をかいておりました。 「いや、そのことなんだけどさ、ジュリアが嘘をつかなければ叔父上は元に戻るはずだったんだよ」 「私に責任があると?」 「もともとは、エイプリルフールに向けてちょっとしたジョークグッズを作るつもりだったのさ」  春の初めの乱痴気騒ぎ。私はこの行事が大嫌いです。そもそも毎年エイプリルフールで騙される側だというのに、私のせいですって? 「ジュリアは嘘つきだよ。自分の気持ちは心の中に隠して、正しい答えばっかり口にする。ジュリアの気持ちを叔父上が勘違いしたときだって、いい子ぶらずにさっさと答えていたら良かったんだよ」 「……それは申し訳ありませんが、だからと言ってトンチキ変身薬を作っている場合ではないでしょう。王族がどれだけ忙しいのか、まだお分かりになっていないようですね? やはりしばらくの間、国王陛下にみっちり根性を叩き直していただく方がよいのでは?」 「え、待って。父上が来るっていうから、小動物に化けて離宮から逃げてきたのに!」  なるほど。人間には無理でも小動物が通れるくらいの隙間ならいくつもありますものね。私は慌てるアーネストさまをとっつかまえると、近衛騎士に引き渡し、うーさんとお話し合いをすることにしました。
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