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「聖女ジュリア、結婚祝いに願いをひとつ叶えよう」 「恐れながら陛下、しばしのお暇をいただきたく存じます」  私の言葉に、貴族たちがどよめくのがわかりました。え、ちょっと皆さん驚きすぎではありませんか。陛下も王笏を取り落とすなんてとんだうっかりさんですこと。  聖女の恋愛解禁を願い出た結果、憧れの初恋の王子さま――スティーヴンさま――と結ばれたのはつい先日のこと。私を捨てた元婚約者と男爵令嬢カップルのように、運命の相手と蜜月を過ごしたい(いちゃラブしたい)という願いは、スティーヴンさまが元婚約者の代わりに王太子に即位し、結婚式を経てようやく叶うことに……なりませんでした! 聞いていた話と全然違うのですが、ひょっとして新手の結婚詐欺ではないでしょうか?  私たちは結婚後いちゃラブする間もなく、別居生活に突入いたしました。なんだったら、結婚前の方がお互いに顔を見る時間があったような気さえします。  ここ最近など、突如発生した魔物討伐に聖女として駆り出されております。甘さとは無縁の泥臭い前線です。新婚やら新妻という単語が似合わない現場であることは間違いありません。一方のスティーヴンさまはというと、国王陛下の片腕として政治に関わるとともに、騎士団に任せることができない厄介な事案を一手に引き受けているようなのです。そのせいで、私にも話してくださらない秘密も増えているご様子。 「まさかの新婚早々に暇乞いだと? スティーヴン、あやつはどこじゃ! 愚息のみならず、愚弟まで聖女に逃げられるとは何事か!」 「陛下、何を勘違いしていらっしゃるのかわかりませんが、離婚するつもりなんてございませんよ。私はただ文字通り、休暇が欲しいのです。新婚なのに、蜜月返上で私もスティーヴンさまも働き詰め。その上ずっと別居中なんて、意味がわかりません。この国はどうしてそんなに人手不足なのでしょう」  私のぼやきに、陛下が涙目になりました。おかしいですね、別に今の言葉に言霊なんてのせていないのですが。心からの本音は強いということかもしれません。すべて事実なわけですし。  ちなみに、スティーヴンさまに王太子の地位を譲り、王位継承権を失った私の元婚約者とお相手の男爵令嬢は、バカップル状態でたいそう幸せに暮らしているそうです。特筆すべき仕事もないままの気ままな離宮暮らし。  うらやましすぎるでしょうが!   こちとら、まともに眠れず目の下のクマを無理矢理聖女パワーで消している状態なのですが。  地団駄を踏みたくなるのをこらえ、陛下に向かって微笑んでみせます。現在使用しているのは、聖女スマイルに王太子妃ロイヤルスマイルを融合させた新技です。神々しさと同時に耐えがたい圧力を出現させる笑顔に、陛下がひるむのがわかりました。 「私はただ、スティーヴンさまと一緒にゆっくり休む時間がほしいだけなのです。せめて今いる王族の中で、もう少し仕事の割り振りとともに働き方改革を考えていただけると助かるのですが」  そもそも、実際に動くことができる王族の人数に対して、王族がこなすべき仕事量が多すぎます。この辺りのバランスを考えないことには、今後も同じような問題が多発することでしょう。 「三年子なしは去れなんて意地悪な言い回しもありますが、物理的な時間も確保できないのですから、世継ぎの誕生など夢のまた夢。さすがに聖女とはいえ、無性生殖は難しそうですし」 「そ、それは……」  国を支える王族の一番の仕事は、血筋を繋ぐこと。でも今のままでは、物理的に不可能なのです。接触することさえできないのですから、仕方がありませんよね? 私からの直接的すぎる陳情に、国王陛下の顔色は赤くなったり青くなったり大忙しです。 「はあ、事情はよくわかった。だがもう少し早めに相談してほしかったのだがな」 「それは確かに申し訳なく思っております。ただ実際のところ、こちらに足を運ぶ時間も惜しいありさまでして」 「なるほど」 「ここ最近スティーヴンさまが頭を悩ませている問題の中心には、元王太子殿下が関与しているようだという話も耳にしておりますが」 「あのあんぽんたんが!」  さすがは国王陛下。私をポイ捨てした元婚約者の製造責任者ということもあり今から離宮へ向かうようです。  スティーヴンさま、申し訳ありません。国王陛下の耳に入る前になんとか解決したいという親心……もとい叔父心?を潰してしまいました。ええ、スティーヴンさまの貴重な時間を元婚約者が湯水のごとく浪費していることに対して、はらわたが煮えくり返っていて、いっそ取り返しがつかないくらいに怒られてしまえばいいだなんて、思っておりませんのよ。本当ですわ。
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