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 王宮を下がり神殿に戻ると、私の帰りを小麦色に輝くうさぎさんがお鼻をぴくぴくさせて待っていました。部屋の家具をかじることもなくお留守番ができるなんて、うーさんはなんてお利口さんなのでしょう。 「うーさん、お待たせしました!」  私の姿を見るなり垂直ジャンプを派手に決め、駆け寄ってくるうーさん。すりすりすりすりと足元にまとわりつかれて、額をゆっくりと撫でてやりました。目を閉じてうっとりとしている甘えん坊なうーさんの様子に、私もすっかり癒されてしまいます。けれど、うーさんの温もりを感じれば感じるほど、大切なひとが隣にいないことを実感してしまうのです。  迷子のうーさんを神殿で拾ったこと、うーさんがとっても人懐っこい子であること、うーさんは意外と自己主張が強いこと、これらをスティーヴンさまにお伝えできたらどんなに楽しいことか。今頃スティーヴンさまは、どこで何をしていらっしゃるのでしょう。  寂しい……と思わず口に出しそうになって、慌てて飲み込みました。どうにもできないことを愚痴ったところで、虚しさが募るだけ。不満はひとつ数え始めると、他の不満まで連れてきてしまいます。代わりにうーさんの頭から背中までを繰り返し撫でておきました。ゆっくりと身体が蕩けていくうーさんが可愛らしいです。 「王族なのですから、国のために働いて当然だとわかっています。それでも、やっぱり隣にいてほしいと思うのは、わがままでしょうか」 「ぷうぷう」 「あら、うーさん、慰めてくれるのですか。優しいですね」  うさぎは抱っこされるのはあまり好きではないとよく聞きますが、うーさんは、抱っこどころかうさ吸いも嫌がらずにさせてくれます。神ですか。神ですよね。神に違いありません。干し草のような優しい匂いに包まれていると、やっぱりスティーヴンさまに会いたくなります。 「スティーヴンさまにも、うーさんを紹介してあげたいです。うさ吸いをすると、疲れなんて一瞬で吹き飛ぶんですよってお教えしたらどんな顔をなさるかしら」 「ぷう」  タイミングよく返事をしてくれる優しいうーさん。私ばっかり、こんなに癒されてしまってよいのかしら。  休む暇がないと愚痴をこぼしている私ですが、実際のところ私以上に、スティーヴンさまはお忙しいのです。それは私が王太子妃の仕事に煩わされることなく、聖女としての仕事に集中できるように配慮してくださっているから。きっと本来は私に割り振られている仕事も、まとめてスティーヴンさまがこなしてくださっているのでしょう。  でも、それでは駄目なのです。私がいなければ回らない、あるいはスティーヴンさまがいなければ回らない仕事の仕組みは変えていかなくてはいけません。ずっと先延ばしにしてきたお仕事改革をする時期に来たといっても、過言ではないのでしょう。  仕事の仕組みを変えることは、実はとても面倒くさい作業だったりします。こういってはなんですが、仕事というものは基本的にわかっているひとがひとりでやったほうが早く終わることがたくさんあるのです。  どういう風に仕事を振り分けるかを考えたり、引き継ぐためのマニュアルを作ったり、実際に仕事のやり方を覚えてもらったり。喜んで仕事をしてくれるひとばかりではないので、自主性に任せると誰かに負担が偏ることもよくあります。それらをバランスよく考えながら指導するのは、自分ひとりで片付けるよりも大変なわけです。  でも、私しかこなせない仕事が発生してしまうのはよくないこと、面倒でも手分けをしなくては。そう思えるようになったのは成長した証。私は聖女であり、王太子妃でもあります。けれど、スティーヴンさまの妻でもあり、いつかは生まれてくる子どもの母となります。私抜きでは回らない現場が出てきてしまってはいけないのです。  そしてそれは、いつか王位を引き継ぐスティーヴンさまであっても同じこと。本当にわたしたちでないとどうしようもない仕事以外は、皆に振り分けることが大事なのでしょう。離宮でハッピーライフを送っていらっしゃる元婚約者殿にも、それなりの自覚を持っていただかなくては。  ふと気づくと、私のそばからうーさんが離れてしまっていました。なでなでしていた手の動きを止めてしまっていたので、うーさんは違う遊びを始めていたようです。 「あ、ちょっとうーさん。何をしていらっしゃるのですか?」 「ぷうぷう」 「残念ながら、床は掘れませんよ。どうせならお外に行きませんか? 掘り心地がよさそうな芝生のお庭が広がっておりますよ」  私の言葉にうーさんは小首を傾げていました。
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