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「それで、スティーヴンさま。どうして、こんなことになってしまったのです。パートナーが嘘を吐くと小動物になってしまう薬なんて怪しげなものを飲むなんて」
うーさんはうさぎなだけあって、都合が悪いときは無表情でしらんぷりです。とりあえず試しに聖女の力で呪いの解除を試みましたが、変化はありませんでした。この薬は、呪いとしては認定されないようです。
「私が嘘を吐くのをやめれば、スティーヴンさまは元の姿に戻るのですよね?」
「ぷうぷう」
うーさんもといスティーヴンさまの返事に、私は困ってしまいました。何か嘘をついた記憶なんてありません。ただアーネストさまは私が我慢しすぎているのが問題だと発言していました。
もしかしたら、限界にならないと自分の気持ちを伝えられない私のために、あえてアーネストさまの仕掛けた罠に引っかかってみせたのでしょうか。もしもスティーヴンさまが姿を消さなければ、私は倒れるまで働き続けたかもしれません。少なくとも、陛下へ休暇を願い出ることはしなかったはず。
実行手段の極端さは、スティーヴンさまとアーネストさま、叔父と甥だけあってどこか似ているのかもしれません。
「スティーヴンさま、寂しいです。早く、私のことをぎゅっと抱きしめてください。ふわふわのうーさんの頭をなでるのも楽しかったですが、私はスティーヴンさまになでなでしてもらいたいです」
スティーヴンさまのお姿の前では言えない台詞も、うーさん相手なら率直に伝えられるのです。ひとはやっぱり、ふわふわもこもこの生き物には無条件に弱くなってしまう生物なのかもしれません。ここ最近、ずっと堪えてきた素直な気持ちを吐き出すうちに、ぽわわんと気の抜ける音が響きます。煙の中から姿を現したスティーヴンさまの姿を見て、私はひとりで固まってしまいました。
「急に音信不通になるなんて、酷いです。公にできない調査だと思っていましたけれど、心配したんですから」
「ごめんね。でもこれくらいの荒療治でもないと、ジュリアは頑張りすぎでしまうだろう? 溜め込みすぎる前に、どうにかしたかったんだ。アーネストがまたちょうどやらかしたところだったから、いい機会だったしね」
にっこりと微笑むスティーヴンさまは、いつも通りの仕事のできる素敵な旦那さまです。その頭上で、ふわふわの長いお耳を揺らしていなければ。
「スティーヴンさま、思ったよりもこの状況を楽しんでいらっしゃいますね?」
にこりと柔らかな笑みを浮かべると、スティーヴンさまはあざとく頭の上の耳をぷるぷると振ってみせました。まったくいけないひとです。
「スティーヴンさまの姿、どうしてまだうさぎの耳付きなのでしょう」
「それはジュリアがまだ素直になれていないところがあるからだよ。もっといっぱい、僕のことを好きって言ってみて」
「何をどさくさに紛れて! だからなぜ私の目の前で耳を動かすのですか!」
「ほら、ジュリアの大好きなふわふわのお耳だよ。今なら触り放題だよ」
「あああああ」
どうしましょう。ただでさえ私はスティーヴンさまに弱いというのに、こんな可愛いうさぎ要素付きで迫られたら抵抗できません。
「まだ耐えられるか。じゃあ、手を貸してごらん」
「何をしようとしています?」
「ほら、ここ触ってみて。まあるくて可愛いしっぽがあるんだ」
「触らせてくれなくて大丈夫です!」
「本当に? 全然触りたくない? ふわふわもこもこだよ?」
「さ」
「さ?」
「触りたいですけれど!」
「素直なジュリアは、世界一可愛いね。ねえ、うさぎの豆知識を知ってる? 飼育下のうさぎは一年中繁殖が可能で、年中発情期が訪れているんだよ」
「は?」
「いやあ、長めのお休みがもらえて本当によかったねえ」
「!」
翌日から夫婦そろって、しばらくぶりのお休みをいただくことができました。休暇明け、もちろん、スティーヴンさまはいつも通りの麗しい姿をしています。
ちなみに私とスティーヴンさまが抜けた穴は、国王陛下によって根性を叩き直されている最中のアーネストさまに代打を頼むことになりました。お気の毒……とは思いません。王族の勤めを放棄して、興味関心のある分野にだけのめりこむから、こんなややこしいことになってしまうのです。ああ、愚かですわ。
「嫌だあ、俺は離宮に引きこもって生きるんだああああ」
「馬鹿者。国民の税金によって養われている分際で、だらだらと過ごしてよいわけがなかろう。何より、他国に流れたらとんでもない代物を、ジョークグッズで作りおって。反省せんか」
「反省してるから! 働きたくないよおおお」
そんな微笑ましい親子のやりとりを目撃した貴族たちもいたとかいないとか。
「スティーヴンさま、うまいこと陛下とアーネストさまを引っ張り出してきましたね」
「アホの子だけれど、王族としてそれなりの教育を受けてきたし、特定の分野に関しては抜きん出た才能を持っているからね。離宮で腐らせておくのはもったいないよ。もちろん、彼が選んだご令嬢にも頑張ってもらわなくてはね」
「すみません、なぜか、今まで迷惑をかけられてきた分、しっかり働いてもらわなくっちゃと聞こえたような気がしたのですが?」
「僕はどんな事情であれ、ジュリアを傷つけたり、悩ませたりするような人間のことは許してあげないから」
「スティーヴンさまと連絡が取れなくなって、心配で結構悩んだのですが?」
「おや、これは一本とられたね」
消えてしまったはずの耳がお茶目に動いたような気がして、目をこすりました。
懸案事項も片付き、仕事の分配の目処もつけて、しっかり休暇も満喫したスティーヴンさまは、元気いっぱいです。
一方の私はというと愛する旦那さまとゆっくりお休みを満喫すると、思ったよりも大変な目に遭うのだと実感いております。どうにも力の入らない腰をさすりつつ、今度からお休みはまとめて長期間ではなく、適度にいただこうと密かに反省したのでした。
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