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  「進路……か」  ふむ……と志信は珍しく腕組みをして小さく唸った。 「啓介は医者になるんだろ?」  志信の問いに俺はこっくりと頷く。 「親父がなんとしても跡を継げって言うからな」  半ば本当で半ばは嘘だ。  父は確かに俺が医者になることを希望してはいるが、そればかりが理由ではない。  志信は幼少期から身体が弱い。学校を休む理由は座敷のことだけではなく、体調を崩して寝込んだり、親父の病院に入院したこともしばしばあった。  だから俺はこの街に近いあの病院を継がねば、と思っていた。 「お前はどうするんだ?」  恐る恐る尋ねる俺に志信はポツリ、と言った。 「まだ決めかねてる」 「まだ?」 「矢来町の養父(ちち)は本気で役者修業をさせたがっているし、士郎さんは俺に大学へ行け、という」  士郎さん、というのは志信の母の連れ合いだ。精神(こころ)の壊れかけた自分の娘には茶屋を任せられないと祖母が探してきた男だ。やはりこの街の妓女から産まれて、早々に実業家の父親に引き取られたが、家族と折り合いが悪く、父親の死を契機にこの街に帰ってきた。  ふたりの間には娘がひとり授かったが、精神を病み、自分の子を一向に省みない妻を見捨てることもなく、老いの目立つ志信たちの祖母の女将を助けて茶屋の切り盛りをしていた。 ーーこの街は変わらなきゃいけないーー  それが士郎さんの口癖だった。 「矢来町の養父(おやじ)には恩がある。けど……」  街を変えられるなら、と志信自身も密かに、だが強く願っていることを俺は知っていた。 「行けよ、大学」  俺は意を決して志信に言った。 「士郎さんが出してくれると言ってるんだろ?……だったら行けよ。舞の稽古は行きながらだって出来る。矢来町の御大だってわかってくれる」 「そう……だな」  志信はニッコリと笑って答えた。 「大学に入って……この街を出ていくのも悪くない」 「ああ、そうだ」  俺はチクリと痛む胸を隠して大きく頷いた。   だが、大学には進学したものの、志信はこの街を出てはいかなかった。 『佳世乃のこともあるし、士郎さんに見世を任せるのも少し不安だから』  というのが志信の言い分だった。士郎さんと志信の母の間に産まれた娘ー佳世乃さんはその頃はまだ幼く、祖母は老境に入っててんで頼りにならない。  男手ひとつの子育てはかなり危なっかしい、と志信は溢していた。 「佳世乃が大人になるまで、俺はこの街にいる。……佳世乃に俺と同じ思いはさせたくない」  言い切る志信の言葉はいつになく力強かった。  そして志信は猛勉強をして、かなり難易度の高い大学の経営学部へ入った。  俺はと言えば、親父の計略で遠い街の医大に入学させられた。父方の祖父母の病院に跡継ぎが欲しい、と言われたという尤もな理由で、志信とこの街から引き離された。 『毘沙門天の祭りの日には必ず帰ってくるから……』  春もまだ浅い花冷えの朝、俺は新幹線のホームで志信にそう誓って、冷たいその手を握りしめた。  『絶対……だぞ』  潤んだ瞳で志信は呟き、俺たちは何年ぶりかで指切りをした。  志信と俺は互いの姿が見えなくなるまで手を振り続けた。  
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